説似一物即不中(1,2)

1)(せつじいちもつそくふちゅう)無窓国師の「夢中問答」にも出てきた言葉です。

 臨済宗・黄檗宗公式ページ「臨黄ネット」では、(「枯木再び花を生ず -禅語に学ぶ生き方-」(細川景一著・2000.11禅文化研究所刊)を紹介して)

 ・・・六祖慧能禅師(638-713)の法を嗣いだ人は大勢いますが、中でも青原行思禅師と南嶽懐譲禅師の法は永く伝えられ、青原下は曹洞宗に、南嶽下は臨済宗へと展開していきました。その南嶽懐譲禅師が六祖の下に入門した時の問答です。
 六祖が尋ねた。
「甚麼(いずれ)の処より来たる(どこから来た)」
「嵩山(すうざん)より来たる(嵩山から来ました)」
「甚麼物(なにものが)恁麼(いんも)に来たる(一体何がそのように来たのか)」

 懐譲禅師はグッとつまりました。「懐譲」と云っても、それは所詮、名前です。名前のない素裸の肉体の自分なのか、これもまた突きつきつめれば糞袋にすぎない。ではその肉体をあやつるものと云えば「心」なのか、「心」とは一体何なのか、疑問が疑問を呼び、「自分とは一体何なのか!」といよいよ突き当たります。この大きな疑問の解決を求めて、六祖の下で修行に修行を重ねました。「甚麼物なにものか恁麼に来たる」の一事です。
 かくして八年、ある日忽然(こつねん)として悟る処があり、早速に六祖に参じました。
 「説似一物即不中説いて一物に似たるも即ち中《あた》らず)」、何と説いてもそれは偽物であって、本当の処には的中しません。それは決してごまかしではありません。懐譲禅師は「物」をしっかりと把握したのですが、それはどんな言葉をもっても表現出来るものではなかったのです。ゆえに「説似一物即不中」と云うよりほかなかったのです。六祖はこの答えを聞いて、「汝なんじ徹(てつ)せり」と許します。
 何と云っても説明出来ない処、そこに至った人のみが知る消息なのです。何事でも「道」という以上、他人に説明しつくす事の出来ない消息はあるものです。そこには自分の努力で納得する以外、会得する方法はないのです・・・

つらつら日暮しWikiより

 「一物も説似すれば即ち中らず」と訓じ、六祖慧能と南嶽懐譲との機縁の話。言語で説明しようとしても、真意を述べることが出来ず、本分のことについては、説明した途端に的外れになること。

新版 禅学大辞典:「南岳懐譲と六祖との機縁の語。言語で説明しようとしても真意を述べることができない。本分のことについては説明したとたんに的はずれだ」

禅語辞典(入矢義高監修/古賀英彦編著):「何かを言挙げすればもうピントはずれ。南嶽懐譲が六祖慧能の「什麼物恁麼来」という質問に対して答えた言葉」

禅語辞典(入矢義高監修/古賀英彦編著):「何かを言挙げすればもうピントはずれ。南嶽懐譲が六祖慧能の「什麼物恁麼来」という質問に対して答えた言葉」

筆者のコメント:実はこれらの解釈はすべて誤りです。言葉そのものを解釈しているからダメなのです。上記臨黄ネットにもある、六祖慧能と南嶽懐譲のやり取りあっての言葉なのです。ヒント:これは「空くう」を説いているのです。

2) 是什麼物恁麼来

・・・ 「是れ什麼物か恁麼に来る(これなにものかいんもにきたる)」と読みます。これは南嶽懐譲が六祖慧能に参じた時の六祖の問です。「正法眼蔵遍参」では、「広灯録」等によって次のように記しています。

・・・南嶽大慧禅師、はじめて曹谿古仏(優れた先師)に参ずるに、古仏いはく、「是甚麼物恁来」。この泥弾子(でいだんず)を遍参すること、始終八年なり・・・(中略)・・・ちなみに曹谿古仏道(いわく)、「你作麼生会(なんじそもさんかえす)」。ときに大慧まうさく、「説似一物即不中(いちもつをせつじすればすなわちあたらず)」・・・。

 「什麼」(甚麼)は、「何」と同じ疑問詞です。「恁麼」は、「このように」(如是)という意味ですから、この問は「何ものがこのように来たのか」という意味になります。答えるのに8年の遍参を要したということは、単に名前を尋ねたのではないと言えます。「何ものがこのように来たのか」、すなわち「このように来たのは何ものか」ということは、「おまえとは何ものか」ということで、問われた懐譲の側からすれば、「自分とは何ものか」ということになります。仏道の中心課題である自己の究明がなされているかどうかを、六祖は問うたのです。
 それに対する懐譲の答は、「説似一物即不中」(ことばで説いたとたんに的外れになります)です。自分とはこのような者ですと、幾らことばを費やしても、自己そのものは言い表すことは出来ません。そう懐譲は答えたのです。

 ところで、道元禅師はこの問を、「正法眼蔵・恁麼」で次のように解釈されます。

この道(どう:是什麼物恁麼来)は、恁麼はこれ不疑なり、不会なるがゆゑに、是什麼物(ぜじゅうもぶつ)なるがゆゑに、万物まことにかならず什麼物なると参究すべし。一物まことにかならず什麼物なると参究すべし。什麼物は疑者にはあらざるなり、什麼物なり・・・。

 「恁麼」は「不疑」であり、「不会」であるというのは、疑う余地のない、私たちの理解を越えたもの、私たちの認識では捉えられないものであることを表しています。「物」は人にも物にも使うのですから、あらゆるもの(万物)を指すと見てよいでしょう。「是什麼物なるがゆゑに、万物まことにかならず什麼物なると参究すべし」と説かれています。「什麼物」は、「自己とはなにか」と問いかけていると同時に言葉で表現できない自己を示したことばであると言えます。なぜならば、言語によって表現しえない自己(万物)を語るとするならば、「なにもの」(什麼物)としか言いようがないからです。このように理解すれば、「什麼物」は既に疑問を表すのではなく、自己(万物)そのものを表しているのですから、「什麼物は疑著にあらざるなり」ということになります。「什麼物」(このように来た)とは、このように来たもの、すなわち自己のありのままの姿(如是相)を表しており、六祖は「什麼物」こそが自己のありのままの姿(恁麼来)であることを、「是什麼物恁麼来」という問の形で示したのです。これに対して懐譲も、「説似一物即不中」、言語によって表現したとしても、それはありのままの姿を捉えたことにはならないと答えたのです。これはもう問と答ではなく、六祖の問の中にすでに答があり(問所の道得)、懐譲の答も六祖と同じ内容を自分のことばで表した(同道唱和)ということになります。このように、道元禅師は二人の問答をより深く解釈されているのです。

筆者のコメント:愛知学院大学禅文化研究所は、駒澤大学禅研究所(曹洞宗)、花園大学禅文化研究所(臨済宗)とともに、わが国を代表すれ禅研究所でしょう。しかし、愛知学院大学禅文化研究所による、上記の道元の言葉の解釈は誤りなのです。「(仏道の中心課題である)自己の究明がなされているかどうかを、六祖は問うた」のではありません。道元はここで「空思想」を説いているのです。それゆえ仏教の中心課題なのです。

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