立花隆さん「死後の世界」(3)

  立花さんは「死後の世界があるかどうかはわからない」と言っています。ここが立花さんと筆者の決定的な差です。霊的体験をしたことのない立花さんとしては正しい判断だと思いますが、その限りにおいてのみ「死後の世界の問題は解決済みだ」は正しいのにすぎません。

 前記の、ケンタッキー大学ネルソン教授は、「臨死体験とは死の間際に脳が起こす『夢』のようなもの」であることを明らかにしたと言います。しかし、「末期の脳腫瘍を患う彼の妻(敬虔なカトリック信者)の信仰を変えたり、壊すものではない」「科学者に言えるのは、どのようにして神秘的な感覚が生じるかだけだ。なぜそのようなことが起きるのかは個々人の信念にゆだねるしかない」と言っています。立花さんは「個々人の情念の世界の問題だ」と言っています。しかし、これは論理のすり替えです。霊的体験をしたことのない立花さんとしては、「わからない」に留めておくのが正しい態度でしょう。「真実は一つ」です。

 筆者がイヤと言うほど霊的体験をしたことは、このブログシリーズで何度もお話しました。「霊」というものが存在することはまちがいない、と生命科学の研究者である筆者が言うのです。ただ、それらが死後の「世界」があることの証拠かどうかはわかりません。

それゆえ、立花さんが言った「語りえぬものについては沈黙せねばならぬ」から、筆者がブレイクスルーしたのは明らかです。筆者の「霊的体験」は、多くの人の霊的体験のように、「科学的に証明できない」とか、「第三者が再現できない」と批判されるでしょう。しかし、個人的体験であろうと事実は事実です。そう思うのが本当の科学的態度です。「しかし、地球は回っている」のです。

 臨死体験については、筆者はわかりません。立花さんが紹介していた脳神経外科医のエベン・アレクサンダー博士(1953-)の著書は筆者も読みました。自分の臨死体験をもとに「死後の世界はある。神と遭遇した」と、各地で講演活動を行い、熱狂的に迎えられた人です(「プルーフ・オブ・ヘヴン―脳神経外科医が見た死後の世界ハヤカワ・ノンフィクション文庫)。ただ、立花さんが喝破したように、やはりアレクサンダーさんの臨死体験は脳内の出来事のように思われます。

 立花さんが強く批判した元東京大学病院救命救急センターの矢作教授と、江原啓之さんの対談は筆者も読みました。江原さんが多くの霊的体験を持つことはよく知られている通りでしょう。それに対し、矢作さんは、そのような体験は皆無のようです。ただ、命が旦夕に迫った患者の「お迎え現象(註2)をよく見た」に過ぎないようです。立花さんに痛烈に批判されても仕方がないでしょう。

註2死が近づいたころ患者が見る「母がすぐそこに座っていた」というような幻影。

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