立花隆さんの死生観

 「知の巨人」と言われた立花隆さんは、最後にはガンになりました。生前の写真はどれもタバコを吸っている姿が多かったですから、膀胱ガンの原因になったのでしょう。死を意識するようになった時の言葉は胸を打ちます。「人間は誰でも死ぬまでは生きる・・・死ぬまでは生きる。それまでにどう生きるかが私の死生観です」。講演で「私はがんばるつもりのないガン患者です。(いろいろ調べてみますと)いま、どんどんガンの本質がわかってきているのですが、ガンにはどうしても徹底的にコントルーすることがきわめて難しいものがある、ということが十分わかって来ている」と。

 「死ぬまでは生きる」とは、屁理屈みたいな言葉ですが、おっしゃりたいことはよくわかります。立花さんは、その旺盛は探求心からガンについても調べていたのです。自分さえ調査の対象にして、自分の膀胱ガンの映像を見ながら(検査中でも意識ははっきりしている)、「いやおもしろかった。あの映像もらえないかな」と。けっきょく、治らないことが分かってから、「じたばたしないで」一切の検査と治療を拒否して亡くなられました。普通の人の何倍も仕事をした人ですから、十分に生き切ったのでしょう。

 難病のALSになった人の「嘱託殺人事件」は世間に衝撃を与えましたね。治る見込みは全くなく、四六時中絶え間ない痛みに襲われ、最後は人工呼吸器を付け、下の世話までやってもらって、「ただ生きているだけ」になります。筆者は、以前のブログにも「それでも(殺した?)医師を支持します」と書きました。「嘱託殺人事件」のあと、障害者団体から「ALSでも頑張って生きている人たちに死ねと言うのか」との厳しい抗議が出ましたが、「生きる権利と同時に死ぬ権利もある」という患者の悲痛な叫びをどう考えるのでしょう。

 上記の立花さんの死生観を放映した同じ日に、ALS患者から「もう死なせてくれ」と言われている医師の葛藤についての番組を見ましたから、立花さんとの対比がひとしお印象的でした。筆者はもちろん立花さんのように死にたいと思っています。治る見込みがないないのに、大きな苦痛を伴う検査と治療、そして多額の治療費などまっぴらです。

 立花さんは最後まで優れたオピニオンリーダーでした。

 

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