追悼 テイクナットハン師(1,2)

(以下2022/2/27のNHK「こころの時代」再放送から)

 1)2022/1/22禅僧テイク・ナット・ハン師が亡くなられました(95歳)。ハン師については、NHK「こころの時代」で2015年に2回にわたって放映されました。以前のブログでご紹介したことがありますが、ベトナム出身でマインドフル瞑想を広く紹介した禅僧です。アメリカ連邦議会やイギリス議会、Google社等に招かれて講演をされていました。とくにアメリカ、イギリス議会に招かれたのは、世界各地の紛争で、人間住民同士の憎しみの連鎖がどうしようもなくなり、解決の先が見えない国際情勢だからです。ヴェトナム紛争からボスニア・ヘルツェゴビナ紛争、イスラエルとパレスチナ紛争、フツ族とツチ族のルワンダでの大虐殺等々、「やられたらやり返す」という、もう、どちらが良いとか悪いとか言えなくなっているからです。ハン師は、フランス南部にプラムヴィレッジ(梅の園)という瞑想道場を作って年間8000人もの人たちに歩く瞑想、座禅瞑想を指導・実践されていました。ハン師の支持者たちはさらにアメリカ・カリフォルニアなど世界各地でもマインドフルネスの実践(リトリート:自分の心を取り戻す)を行い、人々の心の中から平和を作り出そうとしています。

 マインドフル(気づき)瞑想の趣旨は以下のハン師の言葉からわかります。

 ・・・腹が立った時は何も言ってはいけません。何か行動を起こす前に自分の怒りの面倒を見てあげるのです。これが平和の行動になります・・・。ハン師自身、ベトナム戦争時代、南北にとらわれない社会福祉青年学校を4人の仲間とともに立ち上げ、児童の教育や地域住民の生活の援助活動をしました。しかし後年、それら4人の仲間が殺されてしまったのです。ハン師は絶望し、鬱状態になりました。「しかし、怒りの行動へと移る前に、心を静め、何日もかかってようやく加害者への慈悲を感じるようになりました。」

 ・・・また、あるアメリカ軍の将軍は「村人を共産主義を守る」と言いながら、部下を指揮し、大勢の村人を殺してしまいました。ハン師のふるさとの人たちなのです。しかしハン師は「そのアメリカの将軍たちは間違った認識の犠牲者だった。正しい理解、正しい見方・正しい考え(仏教でいう正見ですね:筆者)を持てなかった。だから彼らに対して怒るよりもむしろ助け舟を出すべきなのだと思いました。自分の怒りの面倒の見かたを知っていれば、『この人は今、幸福でないからあんなことをしたのだ』と思えます。その人に対して思いやりを持ち微笑みます。これは大きな勝利です」・・・。

 マインドフル瞑想のやり方

 自分に戻って(怒っている自分に気づいて、マイドフルですね:筆者)ゆっくり息を吸って吐き出す。それを何回かする。ゆっくり呼吸しながら「今のはカチンときた。でも別に反応して行動する必要はない」と気を静める。ゆっくりと歩きながら、一歩一歩に呼吸を合わせる。あるいは座禅を行う・・・。いかがでしょうか。とても簡単ですね。ハン師らは毎日それらを実践しているのです。

 じつはベトナム戦争終結後、ハン師たちは、南北にとらわれない活動をしていたために、ベトナムには居られなくなってしまったのです。「正しかった北」でさえ、そんなものだったのです。そこでハン師らは、上記のようにフランス南部にプラムヴィレッジを作って活動の拠点としたのです。

 ハン師は2017年のNHKスペシャルが放映される1年前、脳梗塞で倒れました。幸いにも一命を取り留め、活動を続けられましたが、5年後の今年1月に亡くなられてしまいました。幸いにも後継者らの手によってハン師の遺志は受け継がれています。

2)以前のブログにも書きましたが、ハン師主催のカリフォルニアでのリトリート(本来の自分に戻るためのトレーニング)に、一人の退役軍人が参加しました。ベトナム戦争で、彼の部隊が待ち伏せ攻撃に会い、戦友を亡くしました。彼は復讐のため毒を仕込んだサンドイッチを作り、その村の入口に置いておきました。やがて5人の子供たちがやってきて、それを食べ、苦しみだし、泣き叫び、みんな死んでしまいました。「帰国後、昼も夜もその子供たちが部屋に入って来るようになった」と。あまりの恐ろしさに精神がおかしくなって、ハン師のリトリートを訪れたのです。それに対するハン師の指導がまことに貴重です。「いま、世界でたくさんの子供たちが貧困で苦しんでいます。5人の子供を殺したのなら、5人、10人の子供たちを救いなさい・・・。

 ベトナムはハン師のふるさとなのです。その退役軍人は仲間を殺されたとき、怒り狂ったでしょう。彼は怒りを受け止めることができなかったのです。ハン師も母国の子供たちを殺された話を聞いて、心穏やかだったはずがありませんね。しかしハン師は怒りを受け止め、彼に正しい指導をし、救ったのです。

 ハン師は言います。「アメリカ軍は侵略者だったとベトナム人民は思っています。共産党員が増えたのも事実です」・・・筆者もベトナム戦争の同時代人です。まさかベトナム人がそう思っているとは知りませんでした。さらに、ベトナム戦争が北の勝利に終わり、社会主義政権になっても、ハン師と仲間がベトナム人民の苦難を救うために立ち上げた、社会福祉青年学校に圧力が加えられました。同胞の救済と子供たちの教育のために立ち上げたにもかかわらず、「南北にとらわれない」ことがかえって社会主義政権にも受け入れられなかったのです・・・。

 民主主義も社会主義も「どちらが正義」ということはないのですね。そのためハン師らは国外に逃れ、フランスの田舎に「プラムヴィレッジ」を作って、世界の人たちに解放したのです。

 最初にお話したように、現代の世界各地での紛争は「怒りと憎しみ」の繰り返しですね。政治的には解決できなくなっているのです。それだけに、「自分の怒りの面倒を見、相手を思いやる」マインドフルネスと、歩く瞑想を主体とするハン師のエクササイズが共感を呼んでいるのです。それがハン師がアメリカ連邦議会やイギリス議会に招待されて講演を続けている理由です。

 マインドフル瞑想を実践団体は日本にも沢山あります。しかし、わざわざ受講料を払ってそこへ行かなくても、個人で、今すぐ始められるのです。筆者も以前、カチンときたとき実践しました。すぐに冷静な自分を取り戻すことができ、とても効果的でした。

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