立花隆さんの死生観(2)

  「知の巨人」と言われた立花隆さん(1940-2021)は、晩年にはガンになりました。検査の動画が残っていますが、膀胱に明らなガン組織がありました。しかし、「おもしろいなー。この映像はもらえるのかなー」とは立花さんらしいですね。それをきっかけに立花さんはガンについても世界中を飛び回って旺盛に取材をし、講演で「私はがんばるつもりのないガン患者です(なぜなら)いろいろ調べてみますと、いま、どんどんガンの本質がわかってきているのですが、ガンにはどうしても徹底的にコントルーすることがきわめて難しいということが十分わかって来ています」と結論し、最後は一切の検査も治療も拒否して亡くなられました。

 筆者は、「ガンにはどうしても徹底的にコントルーすることがきわめて難しい」という理由が気になりました。立花さんは「ガンは半分はエーリアンであるが、半分は自分である」と言うのです。「半分は自分」とは、「自分の免疫機構や、キズの修復機構がガンの増殖を促進する」という意味です。その点を調べてみますと、前者については、

・・・ガン細胞は死ぬとき、人間の免疫機構を妨害する物質を放出する・・・・それによって仲間のガン細胞に対する人間の免疫機構の攻撃を妨げるのです。後者については、ガン組織が壊れると人間の修復機構が働いて壊れるのを防ぐと言うのです。怖いことですが、それが人間なのですからどうしようもありません。

 いずれにしましても立花さんは、これらの「知識」に基づいて、一切の検査も治療も止め、亡くなられました。それはそれで筋の通った死生観ですね。ただ、それがすべての人に当てはまるかどうかはわかりません。第一、病気というものは患者によってじつに様々なのです。たとえば同じ糖尿病と言っても原因や病態は患者次第で、治療法も一人ひとり違うのです。つまり、糖尿病と一括りにできないほどなのです。立花さんの多くの映像でタバコを吸っています。おそらくそれが膀胱ガンの原因になったのでしょう。鏡検の様子も写っていましたが、明瞭なガン組織が見えました。しかし、たとえ検査結果が立花さんと同じように見える人でも、立花さんと同じ経過を辿ったかどうかわからないのです。ある人は手術をし、別の人は抗ガン剤の服用。抗ガン剤の種類もいろいろあります。筆者もガンの研究をしていましたが、「なぜガンになる人とならない人に分かれるのか」とか、「どうしてガンが治る人とそうでない人がいるのか」については大きな課題でした。それは今でも変わりません。「半分は自分」であることと関係があるかもしれません。

 以上、筆者は「知の巨人」立花さんは「知」に負けてしまったのではないかとも思います。いまお話したように、同じように見えるガンでも患者によって病態も抗ガン剤に対する反応もさまざまですし、最後まで「あるいは」とか、「ひょっとして」と一縷の望みを掛けながら生きようとする「あきらめの悪い」のが人間なのかもしれません。たしかに一切の検査も治療を止めた立花さんの死生観は筋が通っています。ことに立花さん自身が納得のいくまで調べた結果の結論ですから他人が口を挟む余地はないかもしてません。それでも筆者にはそれを心から受け入れることはできないのです。

 筆者が禅についてのお話をしたとき、会の参加者から「貴方の死生観は何ですか」との質問を受けました。筆者は「死生観など、〈その時〉になってみなければわからない」とお答えしました。天下の高僧が死に臨んだ時、弟子たちが期待を込めて「何かお言葉を」と。耳を澄ませていると「死にとうない」。「えっ」と驚くとやはり、「死にとうない」・・・・。筆者の60年にわたる文字通りの親友は、「ガンの治療は受ける。しかし延命治療だけは拒否する」と宣言しています。筆者も同感です。

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