耳をすませば-心の声を聴く

 宮崎駿(はやお)監督制作で人気の高いアニメですね。筆者も2度テレビで見て、感動しました。中学3年の女の子月島雫(しずく)の話です。

 ・・・雫はこのごろ受験勉強に少しも身が入りません。「自分は将来、詩や小説を書いて暮らす方が向いているのでは」と考えるようになったのです。偶然親しくなった聖司君が、「中学を卒業したらイタリアへ行ってバイオリン制作の修行をしたい」と言うことも影響しました。雫の成績は250人中53番から153番へと著しく低下します。「高校なんか行かなくても別のことをやりたい」と言う雫に、本当の理由を知らない大学生の姉・汐(しお)は、「受験勉強をしたくない言い訳でしょ」と。心配する両親に「あと少しだけ待って」。密かに小説を書いていたのです。急いで完成させ、心が通え合える聖司の祖父に第一に読んでもらいます。「よく書けている」とほめてもらいましたが、「私ダメなことが分かっているんです」。「やっぱりもっと人生経験を積まなくては小説も書けない」と悟った雫は「受験勉強に復帰します」と両親に・・・・。

 エンデイングロールのバックに流れる歌「カントリーロード」で、この作品のテーマ「耳をすませば」の意味が語られます。「自分の心に耳を傾けて生きよう」と。

筆者のコメント:筆者は「悟りとは神につながる本当の我と疎通すること」とお話しています。本当の我とは、筆者が考えている仮定のものですが、筆者にとっては確かな存在です。本当の我とは「心」のことで、「耳をすませば」と深い関りがあります。心の声とは「本当の我の声」ですね。ちゃんとした芸術家や科学者は、われ知らずに「自分の心の声」に耳を傾けながら創作活動しています。筆者は研究者として生きてきましたが、研究の方向性はいつも「頭で考えたことではなく、心の声を聴いて決めてきた」と、後になって知りました。

補注「(自分の心に従って)別のことをやりたい」とか、「アンテイークを買いたい」とか「馬券を買いたい」は、ほとんど失敗するのも事実でしょう。長い人生経験を積み、創作活動でも厳しい鍛錬を経した人だけが、「(本当の)我」と疎通するのです。多くの人が疎通(?)したのは本当の我などではなく、たんなる自我-顕在意識で判断したに過ぎません。

2 thoughts on “耳をすませば-心の声を聴く”

  1. 実は私もこの作品を映画館で見た1人です。当時の私はちょうど中学生で主人公と同世代。
    テレビでも見ていますが、劇場で初めて見てから四半世紀余り、中年の年齢になって「実写スピンオフ版」が劇場公開されると夢にも思いませんでした。

    1. えびすこ様
       宮崎さんの作品には深い意味がありますね。アニメのストーリーをさらっと追うのではなく、繰り返し見て味わうと得るところが大きいですね。

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