臨床宗教師について(1,2)

臨床宗教師について
 今、ニート(引きこもり)、いじめ、登校困難児童が大きな社会問題になっています。さらに自死者は年に3万人にも上っています。これらの現象、つまり心の問題は今後ますます深刻になって行くはずです。その大きな原因が社会の競争化が急速に進んでいるためであることはまちがいないでしょう。競争に付いて行けない人たちが心を病むのですね。その人の価値は別にあるのですが。この意味でも、まさに21世紀は「心の時代」なのです。筆者のこのホームページ・ブログはそのために開設しました。

 あの東北大震災で親子、兄弟を亡くした人たちの心のケアがクローズアップされました。あのとき、わが国のたくさんの僧たちが、現地に行き、遺族たちの傾聴を行いました。しかし、そのほとんどは挫折したのです。NHKテレビで、それまで年に200回以上も講演をしていた有名寺院のエリート僧が、東北での活動に失敗し、自分の無力さを涙ながらに語っていたのが印象的でした。その僧たちの「色即是空」の解釈も間違えていました。結局、「般若心経」の写経会をしたり、お墓参りくらいしかすることがなかったそうです。
 現在日本仏教の先端で活躍している別の僧が、日本の仏教は形骸化し、刷新しなければならないことを、「日本にはたくさんの心の病院、つまり寺があるはずなのに(76,000もあります:筆者)、大衆も寺側もそれらが機能していないことを問題にしていない」と表現していました。筆者も同感です。上で述べたエリート僧の失敗体験は、少しも不思議なことではないのです。

 2012年、東北大学実践宗教学寄付講座として、臨床宗教師研修講座が開設されました。仏教を中心にしていますが、キリスト教や神道とも連携を取りながら、多角的に心のケアをする専門職を養成しようとするものです。それは翌年の東北大震災もあって注目され、龍谷大学や高野山大学、鶴見大学の大学院研究科にも次々に同様の講座が開設されました。心のケアには大震災などの遺族だけでなく、寿命の限られた人達に対する終末期施療も含まれています。限られた範囲ですが、現にそれを実践するビハーラ僧もいらっしゃいます。筆者も臨床宗教師研修制度の動きに注目していますが、不安もあるのです。
 第一は、現在の日本仏教にその力があるかどうかです。その現状は今お話した通りです。上記のさまざまな大学の臨床宗教師研修課程のカリキュラムも見てみましたが、「これで本当に力のある専門職が育てられるのか」と思わざるを得ませんでした。言うまでもなく、仏教を伝えるということは知識の受け売りではありません。仏教の心を伝えるようになるには、懸命に学んでも10年はかかるでしょう。学ぶには修行も不可欠なのです(行学と言います)。修行の大切さは、筆者の経験からもよくわかります。
 第二に、養成された臨床宗教師に対する経済的保障の問題があります。つまり、職業として成り立つのかどうかです。一体だれが金銭的補償をするのでしょう。わが国の病院でビハーラ僧を正式な職員として採用しているところは、あそかビハーラ病院《京都》、長岡西病院などごくわずかです。
 キリスト教には古くからチャプレン制度があります。グリーフケア、すなわち耐え難い苦しみに遭っている人達の心のケアを専門にする人達です。上智大学にはグリーフケア研究所があり、専門職養成講座も開設されています。ただ、キリスト教には伝統的にそういう活動に対するサポートシステムが発達しているのです。キリスト教精神ですね。そこが仏教とはまったく違うのです。つまり、日本で臨床宗教師をどんどん養成しても、職業としての保証がなければどうしようもないのです。

臨床宗教師について(2)その不安

 筆者は、ときどき「臨床宗教師になりたいと思います。研修はどんなものか教えてください」というメールをいただきます。先日、ご返事したものをご紹介しますと、

 ・・・メール拝読しました。臨床宗教師研修は、東北大学、龍谷大学、高野山大学、大谷大学などで開催されています。東北大学だけが年に何回か、いわゆる短期研修の形で行われています。あとの大学では大学院の課程として行われていますので、入学しなければなりません。あなたのご希望によれば東北大学のコースが適当と思われます。全国臨床宗教師協会事務局(連絡先:)へお問い合わせください。そのほかにキリスト教系のグリーフケア(悲嘆)アドバイザー研修制度、および上智大学グリーフケア人材養成講座があります。これらも大学院のコースではありませんので、あなたのご希望に沿うと思われます(連絡先:)
 
 臨床宗教師とは、終末期の患者さんの死の恐怖を軽くするためのカウンセリングです。キリスト教ではチャンプレン、仏教ではビハーラ僧とも呼びます。とても重要な役目で、筆者もますます発展していただきたいと思っています。ただ、筆者には、次の点でまだまだ大きな不安があります。

 第一に「お金はだれが出すか」です。上記のメールの方は現在介護士として働いておられるそうで、臨床宗教師になっても、当然生活が保障されなければならないでしょう。キリスト教系の団体では、古くから信者の金銭的奉仕の精神が広く行き渡っていますから、それによる援助の可能性は高いでしょう。一方、仏教系ではどうでしょうか。筆者の知るかぎり、ビハーラ僧を制度として雇い、給料を出している病院はただ一つです。上記の東北大学の臨床宗教師研修制度の修了生は2016年までに約140名ですが、担当の先生に直接聞いたところ、大部分の人は給料をいただけるような組織には属していないとのことです。つまり、すでにどこかの寺院の住職として生活の保障をされている人以外は、活動するとすればボランテイアとしてなのです。筆者が知っている数少ない終末カウンセリングの成功例は、僧侶として生活の基盤を持っている人と、キリスト教系大学の先生です。
 そもそも、心という重要な問題について、原理的に短期研修では無理ではないでしょうか。たしかに研修が終わった後も何回かフォローアップ研修が行われていますが、それでも、どうしても付け焼刃になってしまうような気がします。

 一方、介護士制度は、ご存知のように、国民が一定額の介護保険料を出し、それに基づく国の正式な制度です。現在、私たちは医療保険とともに介護保険料を払っています。とくに後期高齢者保険料は高額です。関係機関では、将来、臨床宗教師が国の正式な資格となることを目指しているいるとのことです。しかし、それが認められたとしても、国民が「終末期カウンセリング保険」制度まで受け入れるかどうかです。そもそも介護活動は、食事を作ったりや買い物など、一日も欠かすことのできない実務です。それゆえ、国民のだれもが納得しやすいでしょう。一方、終末期カウンセリングは、さまざまな人の心の問題だけなのです。そういういわばソフトのサービスに対して国民は保険料を払わおうとするでしょうか。つまり、はたして制度として納得するかどうかです。 いわんや個人的に謝礼を払える人などごくわずかでしょう

 第二に、講師の側、つまり、今のわが国の仏教僧たちには終末期カウンセリングの実務経験はほとんどないはずです。当ブログシリーズで何度も取り上げてきましたように、その宗教的素養についても不安があります。東日本大震災のあと、わが国の代表的仏教宗派から多くの僧侶が現地に派遣され、遺族の声に耳を傾けよう(傾聴)としました。しかし、「全く無力だった」と涙ながらに挫折を告白していた、見るからに誠実そうな僧侶もいたことを知らねばなりません。仮設住宅の扉に「傾聴お断り」の張り紙をされたところもありました。「ビハーラ僧は病院へ来るな」という声もあるのです。たしかに、葬式のイメージのある僧衣を着て、死の予感におびえる人たちの病棟を歩き回られたら、たまったものではないでしょう。研修を受けて終末期の患者さんのところへ何度か行っても、結局最後まで宗教的なことは何も話せず、ただ、よもやま話だけをして終わった僧侶もいます。

 日本人の大部分は仏教徒ですが、事実上は無宗教であることはよく言われていますね。いったい、いままで無宗教だった人に、はたしてカウンセリングができるのかどうか危ぶまれるのです。上記の東北大学の研修では、仏教の僧侶のみならずキリスト教の神父(牧師)さんや神道の宮司さんも講師となっています。形の上でも仏教徒であった人、キリスト教徒、無宗教の人たちも対象になることを想定しているからでしょう。しかし、多様な終末期患者に対して掛け持ちで(そうしない金銭的な保証が得られない)カウンセリングなどできるのでしょうか。ある終末期の患者さんが「今まで宗教など信じていなかったのに、この期に及んで宗教的カウンセリングを受けるのは・・・」と正直に言っていました。

 もちろん筆者は、これからの臨床宗教師やチャプレンの活躍を心から願っています。そして上で紹介した「臨床宗教師になりたい」と言う人たちに「情報提供などについて、できる限りお役に立ちたい」と返事しました。しかし、ブログを読んでいただいたことが臨床宗教師になりたいとのきっかけになったとすれば、筆者にも責任が生じます。上記の筆者の感想をお考えの上、すでにこれらの研修を修了した人たちの意見も聞いてから参加を決断されることをお勧めします。

One thought on “臨床宗教師について(1,2)”

  1. 若月様
     とても大切なお仕事と思います。まず、さまざまな大学院で、修士課程としての養成講座があります。つまり、入学する必要があります。短期養成では例えば東北大学臨床宗教師養成講座があり、今年度は次のスケジュールで開催されました。
    <全体会1>
    日  程: 2016年5月16日(月)~18日(水)※二泊三日
    <全体会2>
    日  程: 2016年6月14日(火)~15日(水)※一泊二日
    <全体会3>
    日  程: 2016年7月19日(月)~21日(水)※二泊三日
    ※各全体会のあいだに、各地に分散しての実習があります。講習会終了後も各地区で自主的なスキルアップの会を開いています。若月様がどこにお住まいかお知らせいただければ地区名をお教えします。若月様の時間的余裕をお考えになってコースをお決め下さい。

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