霊は存在するー東日本大震災のケース

 「神が存在することを証明してくれたら宗教を信じる」と言う人は多いようです。しかし、そもそも神は証明できるような存在ではありません。また「神とは」のいかなる定義も超越しています。筆者は生命科学の研究者として生きてきましたが、あるとき「生命は神が造られた!」と直観しました。貴重な体験でした。しかし、「神の存在を証明してほしい」という人たちの気持ちもよくわかります。そこで今回は霊的世界が実在することの具体例をお話します。以前、筆者自身の霊的体験についてはお話しました。筆者が属していた神道系の教団では、霊が存在するかどうかなど問題にならないほど、ごく日常的なことでした。筆者自身もイヤというほど体験しています。今回は東日本大震災での多くの人が体験した霊について、その一部をお話します。

 東北大震災で2013年8月に放映されたNHKスペシャル「亡き人との再会・被災地三度目の夏に」で、4つの例が生々しい証言をもって放送され、多くの反響を呼びました。

 例その1)震災で3歳の長男を亡くした遠藤さんは、その後も息子がそのまま生きてそばにいる気配を感じていたそうです。ある日、食事の支度が整ったので「○○ちゃんもこっちで食べなよ」と言ったところ、部屋に残してあった子供用自動車のアンパンマンの警笛が突然、ぴかぴか光って「ブ-ブ-」と鳴ったそうです。

 例その2)車で被災地を通った人が、薄闇の中で、元スーパーがあった場所にたくさんの人が並んでいるのを見た。

 例その3)車で走っていると、薄暗がりから人が出てきたので止まると、「僕は死んだんでしょうか」と聞かれた。

 例その4)(毎日新聞の報道)千葉仁志さん(37歳)は、お姉さんを津波で亡くしました。ところが10日ほどしてから、親戚の男性から「大丈夫だったんでしょ」と言われたそうです。驚いて確かめると、震災の翌日その男性がいた避難所に姉が同僚3人と手をつないでやって来て「稲渕(千葉さんの実家)は大丈夫?」と聞いた。一家の無事を伝えると「良かった」と言って去ったそうです。

 例その5)タクシーの運転手さんが、たしかに客を乗せ、帳簿に記録までしたのに、出発しようと後ろを振り返ると誰もいなかった(こういうケースを集めて卒業論文にまとめた学生がいます)。

 いずれのケースも昼間や夜早い時間の出来事で、夢ではないことはいうまでもありません。こんな話はいくらでも報告されています。東日本大震災は、霊的体験の問題をNHKや有力新聞で、なんどもニュースとして取り上げられた点でも画期的なことでした。

 霊的世界は、神界とは比較にならないほど低位にあります。ただ、隔絶したものではなく、連続しています。また、神と言っても最高神より低位の神もあることも事実です。筆者は龍神とコンタクトしたことがあります。憑依されたと言ってもいいかもしれません。それこそ「ギリギリ」と締め付けられる強烈な体験でした。筆者自身が龍神と分かったわけではなく、あまりの苦しさに駆け付けた教祖の言葉でした。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です