眼横鼻直(2)

筆者のコメント:前回ご紹介したいずれの解釈もあたり前の事実を、ありのままに見るのが大切だとしていますね。じつはそれは誤りです。それぞれ言ってることはもっともですが、それらはすべて「仏法」になってしまいます。そのため道元の真意を伝えられません。なによりの証拠は、道元は「宋から学んできたのは特別な仏法などではない」言っていることです。筆者も道元の言う通りだと思います。筆者の解釈は、・・・いかなる高尚な理論も、じつは当たり前のことを言っているのだ・・・です。当然でしょう。言葉は似ていても意味は全然違います。上記三つの解釈は、まさにここがわかってないのです。

 あの物理学者ジョリオ・キュリーが「いかなる大発見も、ここにこうしてインク壜(ビン)が置いてあるのと同じように、当たり前のことだ」と言っているのと同じでしょう。

註1「永平元禅師語録(永平略録、以下略録)」は、道元の孫弟子寒巌義尹(ぎいん。永平寺二世懐奘えじょうの弟子。1217-1300)が道元の「永平広録」10巻その他を携えて1264年に南宋へ渡り、道元の師天童如浄門下の同僚だった無外義遠などに校閲を依頼した結果です。義遠は、もとの全10巻から全1巻に抄出し、「序」と「跋」を加えました。さらに義尹は、同じく如浄門下である退耕徳寧や、虚堂智愚にも「跋」を求め、「永平元禅師語録」としました(この経緯から「永平略録」とも通称されます)。義尹は4年後帰朝し、本書を永平寺に招来し、更にそれは宝慶寺の寂円禅師に伝わった。したがって、「略録」は「広録」そのものの縮刷ではありません。

筆者はすでに「永平元語録」の完訳しています。これから少しづつその内容についてご紹介します。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です