NHKドキュメンタリー「彼女は死を選んだ」の放映後、障碍者団体から「公共の機関であるにもかかわらず!」と厳しい批判がされました。NHK スペシャル「彼女は安楽死を選んだ」(2019年6月2日放送)における幇助自殺報道の問題点についての声明 日本自立生活センター 代表 矢 吹 文 敏
b筆者もこの番組を繰り返し視聴しました。そこで、当センターが問題としている箇所と、それについての筆者の感想を述べますと、
日本自立生活センターの声明:(詳しくは上記の声明で検索してください)
・・・WHO「自殺予防 メディア関係者への手引き」によれば以下のことをメディア関係者は守らねばならず、NHKは当然これを知っていたにもかかわらず、一切守られませんでした(太字筆者)・・・(中略)・・・
(A)今回の報道では、明らかに、障害や難病の苦しみから逃れるため、自殺が一つの方法だと伝えられていました。番組が自殺拡大効果をもっていることについてNHKはどう考えますか?
筆者の感想:まず、「一切守られませんでした」は明らかに感情的な言葉だと思います。次いで「番組が自殺拡大効果をもっている」については、言葉の暴力だと思います。NHKの関連番組の中である介護士が、「私の腕に爪を立てて、『死なして欲しい』と何人もの患者に泣いて頼まれた」と言っていました。この番組を見て「患者さんの希望を聞いてあげればよかった」と言っているのです。
(B)自殺の手段や場所も詳しく伝えられていました。あんな簡単に死ねるんだ、と当事者や家族が見たら、どう思うと考えますか?当事者たちへの想像力は、ありますか?
筆者の感想:これも感情的な発言です。上記の番組でKさんと2人の姉がスイスへ行って病院で処置を受けるのにかかる費用は決して少なくないはずです。なによりも重要なことは、Kさんはあのまま帰国すれば、必ず自死をしたはずです。すでに何回も未遂をしているのです。
(C)リアルに死にゆく様が放映されていました。こんなふうに死ねたらいいなという思いをもった視聴者も多いと思います。現に苦しむ当事者たちにこんなふうに死にたい、と思わせる番組ですか?
筆者の感想:番組の趣旨を取り違えているのです。「あんなふうに死にたい」と思わせてどうして悪いのでしょう。(B)でも述べましたが、Kさんはそれまで何度も自死未遂をしているのです。あのまま帰国すれば、今度こそ完全に実行するでしょう。番組からそれが十分伺えました。
(D)現在は、どんな障害や難病でも社会的支援を得ながら、生きていくことができるようになりつつある世の中です。家族や病院の介護苦にばかり焦点があてられ、社会資源としての組織や専門家の支援を得て生きるすべがあることが一切紹介されませんでした。「自殺のすすめ」のための番組だったのでしょうか?
筆者の感想:こういう論調を繰り返されたら筆者でも「議論する価値がない」と思います。Kさんが日本で見た、もっと病状が進んだ患者はほぼ完全な植物状態で、Kさんが尊厳死を決断したのもよく理解できました。「人間としての尊厳を失ってまでなぜ生きるか」なのです。たしかに番組ではこのような患者に対する社会的支援について、もう少し詳しく紹介されればよかったと思います。
吉村昭さんの尊厳死
吉村昭さん(1927-2006)は「深海の使者」、「長英逃亡」、「戦艦武蔵」「熊嵐」「高熱隧道」、「ふぉん・しーぼるとの娘」などの作者で、その徹底した取材態度に好感が持てる作家でした。 2005年年春に舌癌と宣告され、さらにPET検査によりすい臓がんも発見され、2006年2月2月には膵臓全摘の手術を受けた。退院後も短篇の推敲を続けたが、新たな原稿依頼には応えられなかった。同年7月30日夜、東京三鷹市の自宅で療養中に、看病していた長女に「死ぬよ」と告げ、みずから点滴の管を抜き、次いで首の静脈に埋め込まれたカテーテルポートも引き抜き、数時間後に死去しました。 吉村さんは、兄が、瀕死であるにも関わらず、医師が無理な姿勢を取らせて写真撮影したのを目撃しました。それ以来過剰な医療に対して強い疑問を持っていたのです。
「声明」は、おそらく「必死になって生きようとしている障碍者をないがしろにした」と思ったからでしょう。しかし、まったくの誤解なのです。NHKも筆者も、懸命になって生きようとしている人たちを批判する気持など毛頭ありません。「人工呼吸器を付け、胃ろうや経静脈栄養を受けて、意思表示することもままならい人生など意味がない」と考える人もいるのです。人間は生きる権利とともに尊厳死をする権利も持っていいのではないかと言うのです。もちろん「自死を容認する」というような低次元の問題ではありません。