小林秀雄さんの心霊体験(2‐4)

 魂は実在する

 小林秀雄さんは、講演のさい「魂はありますか」と質問されたのに対し、「あるに決まっているじゃないか」と言っています。緻密な考察を踏まえての結論でしょうが、驚かされますね。小林さんの人間の意識や魂についての考えは、研究対象だった本居宣長やアンリ・ベルグソンに依るところが大きいと言っています。

 ベルクソンは〈物質と記憶〉(杉山直樹訳 講談社学術文庫)の中で純粋知覚純粋記憶という議論を展開しています。

・・・・われわれが通常あるもの、たとえば一冊の本を知覚するとき、その本には何らかの記憶、どんな内容だったか、どこで買ったものだとか、といった記憶がしみ込んでいます。〈純粋知覚〉というのは、われわれの知覚からこうした記憶を完全に抜き去ったもので、これが〈物質〉であると言っています。さらに「一方、〈純粋記憶〉は逆に記憶から知覚を完全に取り除いたもので、これがだ」と言うのです。魂とは純粋な記憶、記憶そのものだという意味でしょう。

 いかがでしょうか。筆者はベルグソンのこの論述には疑問があります。まず、定義が肝心ですが、筆者の理解では、

・・・・知覚というのは人間がものを見たり聞いたりする認知作用で、物質はその対象です。つまり、決してベルグソンの言うような知識=物質にはなりません。第二に、ベルグソンは魂とは記憶であると言っていますが、筆者には記憶とはITで言うメモリーであり、無機質な媒体にすぎないと思います。つまり、ベルグソンの言うような記憶=魂ではないはずです。これに対し筆者は、魂とは意識だと思います。意識とは心の動きです。意識には顕在意識と深層意識、さらにその奥に神とつながる意識があると思っています。そこで筆者は神とつながる意識が魂だと考えています。

 いずれにしましても、筆者も「魂は実在する」することを確認しています。それはベルグソンや小林さんの論及とはまったく別の方面からです。つまり、筆者は霊が話したり、自分の意思を示したりするのを実体験しているのです。