西田哲学と禅(1)

 西田幾多郎博士(1870-1945)は、日本初の本格的哲学者として知られています。西田の学風はさらに田邊元および彼らに師事した哲学者たちが形成した京都学派の流れを作りました。西田や田辺両博士に続いて波多野精一、朝永三十郎、和辻哲郎、三木清、上田閑照を初めとする錚々たる人たちが出ています。

 西田博士は現石川県かほく市の生まれで、世俗的な苦悩からの脱出を求めていた彼は、第四高等中学校(第四高等学校の前身)の同級生でした。鈴木大拙は禅を世界に紹介した人です。西田博士は親友鈴木大拙の影響で、禅に打ち込むようになり、20代後半の時から十数年間修行しました。西田哲学と鈴木大拙の禅思想は「お互いに影響を受けた」と鈴木大拙が語っています。それどころか、下記のように西田哲学の主要な部分は、禅の空思想そのものです。

 その西田博士は「哲学の動機は驚きではなくして深い人生の悲哀でなければならない」と言っています(〈無の自覚的限定〉西田幾多郎全集第六巻 岩波書店)。西田にとって「人生の悲哀」とは、人生に相次いで訪れた姉や弟、子ども(8人の内5人!)や妻など、最も近しい親しい者たちとの死別だったと思われます。とても重い言葉ですね。禅の修行はとても厳しいものです。それに匹敵する思想を打ち立てるには禅修業同様の厳しいモチベーションが必要なのでしょう。これまで、単に学問として禅思想や哲学を研究している人がほとんどです。よく言われる「実践されない仏教思想など絵空事だ」とはこのことだと思います。

西田哲学

 西田博士の思想については何度も紹介しました。〈善の研究〉(岩波文庫)が代表的著作の一つです。そこで西田博士は、純粋経験という重要な概念を提唱しました。西田哲学の根本は「真の実在とは、人間がモノを見る(聞く、味わう、嗅ぐ、触る)という体験そのものだ」というものです。すなわち、

・・・・意識するというのは事実そのままに知るの意である。全く自己の細工を棄てて,事実に従うて知るのである。純粋というのは,普通に意識といっている者もその実は何らかの思想を交えているから、毫(ごうも、少しも)思慮分別を加えない、真に意識其儘の状態をいうのである。たとえば,色を見、音を聞く刹那,未だこれが外物の作用であるとか、我がこれを感じているとかいうような考のないのみならず、この色、この音は何であるという判断すら加わらない前をいうのである。それで純粋意識は直接意識と同一である。自己の意識状態を直下に意識した時、未だ主もなく客もない、知識とその対象とが全く合一している(〈善の研究〉)・・・・

 西田のこの思想は難解だとされていますが、そんなことはありません。カントからヘーゲル・フィヒテとつながるドイツ観念論哲学の系譜と軌を一にするものだと思います。「さらに重要なことは、それはそのまま禅の空思想と軌を一にするものだ」とお話しました。つまり、洋の東西を問わず、人間の認識について同じ結論に達したのです。重要なことは禅の空思想がカントより1000年も前に確立されたことです。

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