なぜ禅を学ぶのか(1)

なぜ禅を学ぶのか(1)

 筆者がこの禅についてのブログを書いていますのは、1)これまでの近代的モノゴトの見かたとはまったく異なる東洋独自の思想を知りたいこと、2)災害や事故で大切な家族を失った人に少しでも役立ちたいから、の二つの理由からです。

 筆者には1‐2ケ月に1回、食事しながら談笑する二人の友人がいます。Bさんは中学・高校時代からの人で、それぞれの定年後付き合いを再開しました。Aさんはその友人で、数年前から親しくしている人です。しかし、先日の集まりでBさんから「もうここでは仏教の話をしないでくれ。仏教が人を救えるのか」と言われました。さらに筆者の敬愛する良寛さんについても、「あんな者は裏のある人間だ」と。一方のAさんは筆者のブログを熱心に読んでいただいている人で、その会合でもつい禅の話になってしまったのです。Bさんにとってはそれが我慢できなかったのでしょう。「仏教の話は二人で別のところでコーヒーでも飲みながらやってくれ」とも。Bさんは大切な友人ですから、もうこの会合で仏教の話はできません。宗教嫌いな人の前で宗教の話をしてはいけないのは当然です。うかつでした。

 「仏教が人を救えるのか」は、たしかに重要な問題です。先年の東日本大震災の時、勢い込んで現地に乗り込んだ、わが国の有名寺院のエリート僧たちの行動がことごとく挫折したことは記憶に新しい事実です。仮設住宅の入り口に「傾聴(僧侶やカウンセラーが悲しみにくれる人たちの心の支えになりたいと訪問して話を聞くこと)お断り」の張り紙もされたところもあります。

 筆者は禅だけでなく、初期仏教、大乗仏教、キリスト教、筆者が経験した神道の修行経験からスピリチュアリズムまで、できるだけ多方面から人間の精神世界についてお話しています。筆者の言葉が、できるだけ多くの人の琴線のどこかに触れるのではないかと期待するからです。筆者も宗教がそのまま大衆の心に響くものとは思っていません。Bさんのように拒否する人や無関心の人までいるのも当然でしょう。
 ただ、仏教に対する関心があって、熱心に学んでいけば、きっといくつかの言葉が心のひだの奥底のどこかに刻み込まれ、いつか、何かの時(苦しい時)に「ハッ」と思い当たることもあると思います。たとえば、「神の慰めの書」の訳者相原信作さんは、「エックハルトの言葉『神は私よりも私の近くにいます(註1)』が何十年にもわたって心の支えになっている」と言っています。筆者にもそういう心を慰め、勇気付けてくれる言葉があります。

 禅に対する強い想いを持ち、厳しい修行に明け暮れ、食べ物は托鉢で手に入れて生きる人たちがいます。しかし、食べ物が十分に得られず餓死した修行僧たちもいるのです。昔のことではありません、わずか百年前の、わが国であった事実なのです。しかし現在でも清貧そのものの生活をしながら禅の修行に励む人たちもいるのです。その一人、「現代の良寛さん」村上光照師についていずれお話します。禅には、そうまでしても追及したい魅力があるのです。

 筆者はブログを書き続けます。

テイクナットハン師

テイクナット・ハン師

 テイクナットハン師(1926~)はベトナム出身の禅僧(註1)。フランスとのインドシナ戦争、アメリカとの戦い、そして南北ベトナム戦争と、長い間「明日の命もわからない」時代の渦中にあった人です。しかし常にどちらの勢力にも属さず、非暴力を訴え続けました。そのため、北ベトナムによる統一後も国を追われ、現在はフランスの農村にプラムビレッジ(すももの里)と呼ばれる修養の場を開きました。今では毎年、世界中から多くの人が修行とリトリート(自分を見つめ直す)を受けに訪れています。驚くべきことに、そこではイスラエルとパレスチナの人々も一堂に会しているのです。ハン師は「行動する仏教」運動を実践しています。

 2003年、2011年には、アメリカの連邦議会にて瞑想を指導。2006年にはパリのユネスコ本部で講演を行い、2007年には、ハノイにてユネスコ主催の国際ウェーサカ祭(釈迦誕生日祭)に基調講演。2009年にはメルボルンの万国宗教会議で講演。2011年、カリフォルニアのGoogle本社(註2)で1日マインドフルネス(以前お話ししました:筆者)によるリトリートの指導を行う。2012年、ウェストミンスターの英国議会および北アイルランド議会に招かれ、慈悲と非暴力のメッセージを伝えたなどなど、最も世界的に活動している禅師です。1995年4月には来日し、約20日間、日本各地でリトリート瞑想会、講演会を行いました。

 NHKでも何度もその活動が紹介されましたので、お名前をご存知の読者も多いと思います。筆者が一番印象的だったのは、ハン師がロサンゼルスの拠点でリトリートを行っているとき、ある中年のベトナム帰還兵が訪れ、助けを求めました。その人はベトナム戦の最中、ある村を通った時、突然待ち伏せ攻撃され、親しい戦友を殺されてしまったと言うのです。復讐の思いに駆られた彼は、サンドイッチに毒を入れ、さりげなく村に置いてきました。隠れて見ていると子供たちがそれを見付け、喜んで食べたところたちまち苦しみだし、ついに死んでしまったのです。冷静になってみると彼はやったことの罪におののき、以来帰国後の今日まで苦しみ続けていると告白したのです。

 ハン師は静かにただ、「これから少しでも世の中に奉仕しなさい」と言いました。よろしいですか、ベトナムはハン師の母国です。そこの何の罪もない子供たちが殺されたのです。普通の人だったら血が逆流する思いでしょう。しかしハン師は憎しみに対して愛を以て返したのです。過酷なベトナム戦争で、憎しみを持って憎しみに返したら憎しみは消えないことを身に沁みて知らされたのでしょう。ハン師は言っています「アメリカがベトコン(ベトナム共産党員)を弾圧したために共産党員が増えたのです」と。

 これが禅なのです。これがハン師がアメリカ連邦議会、ユネスコ、英国連邦議会など、世界各国に招かれ、平和について講演を依頼される理由なのです。

註1ベトナムは、周辺のタイやミャンマーがいわゆる南伝仏教の国であるのに対し、ベトナムは中国から禅が伝わりました。
註2 最先端企業であるだけに成果を常に要求される厳しい世界だけに、社員の心の癒しに対する願いは切実なのでしょう。
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後記:2014年11月、フランスにて重篤な脳出血で倒れ昏睡状態に陥りましたが、言語に障害が残るものの奇跡的な回復を見せ、2015年4月にはプラムヴィレッジに帰還。現在は、訪問医の指導と弟子たちによる24時間体制のケアの元、リハビリに励んでいらっしゃいます。

再び五蘊について

三たび五蘊について‐中村元博士の解釈

 中村元博士は東京大学名誉教授。筆者のこのブログシリーズでも何度もご紹介していますが、恐らく二度と表れないほどのすぐれたインド哲学者だと思います。インド古代哲学のウパニシャッド哲学から、初期仏教経典(パーリ仏典)、さらに大乗経典類と、サンスクリット語、チベット語、漢語をわがものとして仏教を縦の流れ、そして幅広く研究された碩学です。
 しかし、それでも中村博士は五蘊という、仏教における重要な概念を間違えていると思います。以前のブログ「そもそも五蘊の解釈がまちがっているのだ」でお話したように、まず、中村博士は著書「般若心経・金剛般若経(岩波文庫)」で、

「般若心経」の冒頭、
 観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 
(観自在菩薩が深遠な知恵を完成するための実践をされている時、五蘊がすべて「空」であることがわかった)の五蘊を、

・・・存在するものには五つの構成要素があると見きわめた。しかも、かれ(観世音菩薩)は、これらの構成要素が、その本性からいうと、実体のないものを見とおしたのであった・・・

と解釈しています。すなわち、五蘊をモノすべてに当てはめています。

 ところが、同博士は「龍樹」(講談社学術文庫p294)では、「中論」第二十五章・第九詩について、

 ・・・もしも{五蘊}(個人的存在を構成する五種の要素:中村博士の説明)を取って、あるいは{因縁}に縁(よ)って生じ往来する状態が、縁らず取らざるときは、これをニルバーナ(涅槃、最高の悟り:筆者)であると説かれる・・・

と解説しています。つまり、今度は五蘊を人間の構成要素としています(註1)。こんどは人間になっているのです。

 五蘊について試しにネットで調べてみますと、

 色蘊-人間の肉体を意味したが、後にはすべての物質も含んで言われるようになった(註2)。
 受蘊-感受作用
 想蘊-表象作用
 行蘊-意志作用
 識蘊-認識作用

と解釈されています。色蘊の説明の後半部分「後には・・・」以下はその通りでしょう。

筆者の解釈は、

色蘊-人間の肉体、つまり認識作用の本体(註2)。
受蘊-見る、聞く、嗅ぐ、味わう、皮膚感覚などの感覚
想蘊‐(「あれはバラだ」とする判断のための)知識
行蘊-「バラを取りたい」などの気持ち
識蘊- きれいなバラだ」と認識するの識蘊。

いずれにしましても、受・想・行・識とは、明らかに人間の認識作用ですから、五蘊がモノや人間の構成要素であるはずがありません。

 五蘊は仏教の基本的思想です。前述のように「般若心経」の冒頭に「五蘊皆空」とありますね。それなのに「五蘊」の解釈を間違えてどうするのでしょう。

註1「人間もモノの一種だ」と言うのは屁理屈でしょう。
註2「色」を人間の身体(認識作用の本体)とするのが本来の意味で、その後の仏教思想の変化により、認識作用の対象である「モノとコト」を含むようになったのでしょう。つまり、ちょうど六根(眼・耳・鼻・舌・身‐皮膚・意‐感覚作用)に対する六境(色・声・味・香・触《皮膚に触れるもの》- 感覚作用の対象)と同じでしょう。しかし、両者はまったく別であり、混同してしまったらどうにもなりません。

禅と科学

禅と科学(1)
 
 禅では分別ということを嫌います。分別、すなわち論理的あるいは分析的なモノゴトの見かたに対し、直観的にモノゴトの真実に迫れと言うのです。よくお話するように、「空」とは一瞬の体験です。そこには判断や分別は一切入りません。

 「科学とは論理です」と学生たちによく話ました。本当は科学とは感性なのですが、約束事として必要なのです。よく、ただ怒りに任せて理屈を言う人がいますね。しかし、それでは相手に自分の怒りの理由を納得させることはできません。やっぱり、自分と意見の違う人を説得するには、約束事としての話の論理建てが必要でしょう。それと同じです。論理的でない研究成果の発表など、わかってもらえるはずがありません。

 このブログシリーズで、「踏み絵を踏んだのは遠藤周作さんです」、「吉村昭さんや津村節子さんの信仰(?)」、「龍樹の『中論』」、飯田史彦さんの「退行催眠による前世療法」などの著作についての疑問をお話しましたした。どれも原文はそのまま読めば良い文章で、感動的でもあります。しかし「なにかおかしい」のです。
 たとえば、飯田さんの「生きがいの創造」シリーズがベストセラーになったのでお読みになった人も多いでしょう。以前、あるキリスト教の牧師さんからメールをいただきました。「信者さんの中に『飯田氏の著書に感銘を受けた』と言う人がいます。どうも納得できないのでネットで調べたところ、中野禅塾のブログを読み、その危険性がよくわかりました」とありました。その後、信者ご自身からも感謝のメールをいただきました。

 飯田さんは元福島大学教授。経営学の専門家とか。著書はとても説得力があります。そのため熱心な愛読者ができたのでしょう。しかし筆者はその「論理性」に強い疑問を感じました。そこで、彼の著書をいろいろ読み、ますます疑問が大きくなったので疑問を呈したのです。飯田さんは、人事管理論が専門だったそうで、人を説得する話の論理立てがじつに巧みです。しかし、かえって筆者はその中にうさん臭さを強く感じました(註1)。
 あのオウム真理教事件が話題になった時、その異常さばかりでなく、東大出身の医者や弁護士など、多くの若いエリートが加わっていたことも衝撃的でした。たまたま聞いたNHKの深夜放送「新聞を読んで」で、ある人が、「信仰というものをもちろん信じます。神秘現象というのもあるでしょう。しかし、それらを理性で判断することもとても大切です」と言っていました。その通りと思います。いくら言葉巧みに宣教しようと、いくら高名な大学教授が推薦しようと(註2)、その裏を読み取らなければならないのです。

 科学は論理ですから、ちゃんとした科学者ならだれでもその危うさ見抜けるはずです。論理は感性なのです。「なんかおかしい」と、感じるのです。たしかに分別や分析には危険が伴います。しかし、分別や分析も捨てたものではないのです。これを禅では肯定即否定・否定即肯定と言います。つまり、禅ではどちらか一方に固定されるのを嫌うのです。

註1 飯田さんの現在のHPを見ますと、「ようやく念願かなって新天地に移りました」とありました。現在は「音楽療法」を行い、自分も演奏しているとか。筆者はそれらの論理立ても信じません。福島大学からの退職を余儀なくされたのだと思います。当然でしょう。
註2 オーム真理教を高く評価した某氏は、けっきょく大学を辞職せざるを得ませんでした。宗教学者でありながらオーム真理教のうさん臭さを見抜けなかったですから。