神の心を忘れた戦争行為(1,2)

神を忘れた戦争行為(1)

 先日、4夜にわたって、NHK特集「東京裁判」が放映されました。NHKが8年間、裁判を担当したアメリカ、中国、イギリス、フランス、オランダ、ソ連、ニュージーランド、オーストラリア、インド、フィリピン、カナダの判事たちが残した日記や書簡などを詳細に調査し、それらに基づいてドラマ仕立てにしたものです。文字通り力作で、深い感銘を受けました。

 起訴された28人の戦犯容疑者について、キーナン検事たちや、清瀬などの弁護人とのやり取り、証人たちの証言などが適宜盛り込んてありましたが、11人の判事たち同士の激しい議論が中心でした。
 罪状は1)平和に対する罪(侵略罪 註1)、2)人道に対する罪(註2)、そして3)戦争犯罪(軍紀に反した行為)の罪に分かれ、それぞれについて有罪か無罪かを審理するものでした。まず念頭に置かねばならないのは、これらの判事や裁判長の人選を含め、マッカーサー元帥の意向が強く働いていた点です。ただ、マッカーサー元帥は、審議の内容については、直接介入していたわけではないようでした。

 判事たちの間でいちばん意見が分かれたのは、これらの被告たちが1)の平和に対する罪(侵略罪)に該当するかどうかについてでした。「該当しない」との意見は、オランダのレーリング判事と、インドのパル判事でした。あとの9人はすべて「該当する」でした。レーリング判事とパル判事の「該当しない」の理由は、それは「事後法」だというものでした。「事後法」とは「罪の不遡及」とも言い、「当時それらの行為を禁止する法律がなければ、無罪である」という、法学の大原則です。たとえば、最近わが国でもIT関連のさまざまな犯罪行為が増えてきましたが、将来、重大な問題となると思われる行為について、次々に法律が制定されていることから分かります。つまり、同じ行為についても、その法律が成立する以前の案件については、遡って訴追してはならないのです。
 レーリングやパルの主張に対して、残りの9か国は「侵略を禁止したパリ不戦条約があるじゃないか」と反論しました(註1)。

 東京裁判の判決の前に、旧ドイツの戦犯についてのニュルンベルグ裁判があり、すでに刑は決定していました。ドイツが始めた戦争も、日本が始めた戦争も、外国への侵略がきっかけでしたから、当然、「侵略罪」が成立しそうです。しかし、ここに重大な問題が出てきます。それらの侵略行為は、それ以前に行われたロシア帝国による近隣諸国の占領、イギリス、フランス、ベルギーなどによるインドやアフリカ諸国の植民地化は、ドイツや日本の行為となんら変わるところがないからです。東京裁判における外国人弁護士が「私は、広島長崎への原爆投下を指令した人間を名指すことができる」と言ったのには説得力がありますね。

 「事後法」は、「一事不再理の原則(一度確定した無罪判決については、後で覆されない)とともに法律の大原則ですから、レーリング判事やパル判事の主張はまったく正当なのです。「事後法」になることを十分承知していた他の判事たちが、それでも強硬に「有罪」を主張したのは、ニュルンベルグ裁判の判決を覆してはいけないという大前提とともに、日本が始めた戦争により、中国やフィリピンの非戦闘員の死者があまりにも多かったためです。ちなみに、第2次世界大戦による死者総数6500万人の内、4000万人が非戦闘員、つまり一般市民だったという事実を斟酌しならないからでした。それは断じて戦争による犯罪、つまり上記2)や3)の戦争犯罪に該当するとは言えません。たとえばドイツによるユダヤ人の虐殺は600万人と言われていますが、ヒットラーの「アーリア人純血主義」と言う狂気の思想によるものです。決して戦争犯罪とは言えませんね。それでもあまりの犠牲者の多さに、たとえ原則を捻じ曲げてでも、ドイツの戦争犯罪人を罪に問わねばならなかったのでしょう。

註1 1928年に制定された不戦条約ですが、いわゆるザル法で、イギリスやアメリカは「国境の外で、国益にかかわることで軍事力を行使しても、それは侵略ではない」との驚くべき留保を行いました。

註2 ドイツがユダヤ人に行ったホロコーストのように、一民族を根絶やしにする戦争行為。ニュルンベルグ裁判で「制定」された、明らかな事後法でした。たとえそうであっても、ドイツの蛮行を何がなんでも裁きたかったのでしょう。筆者もよく理解できます。それが実際に日本の戦犯に適用されました。
 たしかに、日本についても同様で、中国やフィリピン判事の主張する「犠牲者一千万人以上」はとても無視することはできませんね。

神の心を忘れた戦争行為(2)

 わが国でも、「東京裁判は勝者による一方的なものだ」と言う人が今もよくいます。さらに「広田弘毅元首相などは、強引に有罪とされた」と言う人が当時からいました。
 筆者がこれらの「東京裁判シリーズ」を懸命になって視聴し、学習した感想は、「東京裁判は決して勝者による一方的なものだと決めつけてはいけない」でした。もちろん、広田弘毅が死刑になったことについては気の毒に思います。それでも「連合国の検事や判事たちは、かなり正当な判決をした」と思うのです。ではなぜ筆者がそう考えるのか。それは別の理由からです。

 すなわち、この番組は前述のように力作ですが、重要な視点が抜けているように思います。それは、日本やドイツの自国民の犠牲者のことです。太平洋戦争による日本の犠牲者は軍人が250万人、一般人80万人と言われます(ちなみにドイツの戦死者325万人、一般人335万人)。

 日本はなぜ、あんなに無謀で悲惨な戦争を起こしてしまったのか。筆者はその理由を30年以上にわたって調べてきました。読んだ資料は100冊を下らないでしょう。絶対に戦争責任者を突き止めなければなりません。そういう意味で東京裁判の意義はとても大きいのです。裁判開始の頃、ウエッブ裁判長は「半年くらいで決着するだろう」と言っていました。しかし、実際には2年半もかかったのです。「どうしてそんなに長引くのですか」という記者の質問に、「あまりにも調査する資料が多いからだ」と答えていました。
 
 もし、「東京裁判は連合軍による勝者の裁判」と言うのなら、戦争を引き起こした人間たちをだれが裁けたのでしょう。亡くなった兵士の大部分すら一般市民だったのです。兵士たちはもちろん、一般大衆は戦争を引き起こした人間も、あんなに悲惨な結果に終わった理由もほとんどわからずに死んだのでしょう。戦死者の4割は餓死でした。残りの6割の内3割は、「極限的な栄養失調によるマラリヤや赤痢などの感染による死」と言います。さらに、残された遺族たちの苦しみや悲しみの大きさは、想像もできません。それはドイツとて同じでしょう。初めはヒトラーに煽られた興奮状態だった出でしょう。しかし、結果は合わせて700万人の兵士と市民の犠牲者だったのです。ああいうことは日本人やドイツ人の体質も原因の一つかもしれません。両国の戦争の責任者を、なにがなんでも突き止めて、二度と起きないようにしなければなりません。

 では連合国ではなくて、当時のわが国やドイツのだれが戦争責任を追及できたでしょうか。あの状況では、まったく不可能だったとしか言いようがありません。膨大な資料の収集、2年半もかけた徹底的な審理によって、戦争犯罪の全貌がわかったのです。私たちは連合国の関係者に感謝しなければならないのです。もし時機を逸していたら、あんなことはできるはずがありません。「勝者による裁判」などと、どうして言えるのでしょうか。
 
 柳条湖事件をひき起こした石原莞爾、インパール作戦の首謀者牟田口廉也中将、「最後の一機で私も突入する」と言って実行しなかった陸軍の特攻作戦の最高責任者の菅原道大中将や、「最後の一機で敵前逃亡した」富永恭次各中将など当然重罪にすべきでした「潜行三千里」で連合軍の訴追を免れた辻正信など論外でしょう。海外でろくな裁判も受けずに処刑されたBC級先般は1000人以上(5000人以上とも)と言われています。

 これが東京裁判に関する筆者の思いです。
 戦争に至る経過や推移を見ていますと、当時の軍人はもちろん、政治家や一般国民に至るまで、神の心などまったく忘れた狂騒状態だったとしか言いようがありません。日本人はともかく、ドイツ人はみんな敬虔なキリスト教信者だったはずです。

釈迦も驚く神仏習合

釈迦も驚く神仏習合

 前回、「道元は釈迦仏教を乗り越えた人だ」とお話しました。禅、つまり仏教の背景には仏(=神)の存在があることを示したのです。この問題について読者の方から「神仏習合思想を初めて提唱したのは泰澄ではないか」という質問をいただきました。

 泰澄は奈良時代の僧(682-767)で、越前の越智山で修行し、遥かに見える加賀の白山で、十一面観音と感応して白山信仰を開いた人として知られています。白山信仰は修験道を旨とするもので、要するに仏教と日本古来の神道とを習合させたと言われているのです。この思想は、有名な役行者(634‐701)創建と伝えられる吉野の金峯山寺や大峰山寺や熊野三山(熊野三社)でも起こり、独特の教理を作り出しました。神とは仏が人々を救済するために現れたという本地垂迹説を提唱しています(註1)。あの京都聖護院や日光東照宮も神仏習合の例ですね。岐阜県にある白山の登り口には、白山長滝寺と長滝白山神社(名前が逆になっただけです)が同じ敷地内にあり、もとは両者が回廊でつながっていて、神社信仰を担う僧侶もいたそうです。現代の私たちから見れば唖然とするような姿ですね。
 
 つまり、質問者がおっしゃる通り、道元以前に仏教思想の中に神仏を見出したのは泰澄と言えなくもありません。しかし、神仏習合思想は釈迦仏教から外れるものだと筆者は考えています。「ほとんど無関係だ」と言ってもいいでしょう。本地垂迹の考えには、両者を無理にくっつけたような不自然さがあります。神道には仏教と違って体系的な思想というものはありません。神仏習合の考え方と道元の思想はまったく別のものです。今でも山伏の修行の様子を見ればわかるように、厳しい修行を通して直接自然神と一体化しようとするものなのです。つまり、思想を飛び越えているのです。

 これらの、神社とお寺が一体化した体制が、明治政府による神仏分離令によって事実上解体されたことはよく知られています。修験道さえ禁じられました(その後復活しました)。前述の白山長瀧寺と長瀧白山神社も完全に分離され、両者をつなぐ廊下も取り払われました。神仏分離令が、天皇を神とする皇国史観に基づく明治政府の政策であったことはよく知られています。しかし、筆者にはどうしても、両者をつなぐことの無理が大きかったことも理由の一つだと思えてなりません。神仏習合思想は、やはり消えて行く運命にあったのでしょう。もちろん修験道は真摯な修行であることに変わりはありません。

 これに対し、仏教は二千年以上に亘る思想の熟成があります。その底流には絶対者としての神仏があったと筆者は考えるのです。それについてはすでにお話しました。そして、「そのことを初めて仏教史に位置付けたのが道元だ」と筆者は考えるのです。

 発見とは、それがこれまでの歴史の中に位置づけられることです。「アメリカ新大陸を発見したのは、コロンブスではなくて北欧のバイキングたちだ」という考えがあります。しかし、たとえそうであっても、バイキングによる発見は世界史に位置づけられることはありません。泰澄や役小角の考え(よくわかりませんが)は、仏教史のどこへも位置づけられるものはないのです。

註1「いや神が仏の姿を借りて現れたのだ」という、神道の側からの反論もあり、神本仏迹説と言います。いずれにしても無理があります。

即心是仏ー「正法眼蔵」(1ー3)

即心是仏‐「正法眼蔵」(1)

 「無門関」第三十則にもある重要な公案です。道元は、「正法眼蔵・即心是仏巻」の中で(以下、現代語訳はネットから記事を引用させて頂きました。その内容には筆者は批判的なので、出典は省略させていただきます。太字は「正法眼蔵・即心是仏」巻の原文です:筆者)。
仏仏祖祖、いまだまぬかれず保任しきたれるは、即心是仏のみなり
訳:仏たち祖師たちが、連綿と護持してきたものは、即心是仏(この心がそのまま仏である)だけです。
 即心是仏とは、発心、修行、菩提、涅槃の諸仏なり。いまだ発心 修行 菩提 涅槃せざるは、即心是仏にあらず・・・いはゆる諸仏とは、釈迦牟尼仏なり。釈迦牟尼仏、これ即心是仏なり。過去現在未来の諸仏、ともにほとけとなるときは、かならず釈迦牟尼仏となるなり。これ即心是仏なり
訳:即心是仏の人とは、仏道を発心し、修行し、悟り、成就する諸仏のことです。いわゆる諸仏とは、つまり釈迦牟尼仏です。ですから、過去 現在 未来の諸仏が皆 仏になる時には、必ず釈迦牟尼仏になるのです。
さらに、
 いはゆる正伝しきたれる心といふは、一心一切法一切法一心なり・・・古徳云く、作麽生(そもさん)か是れ妙浄明心。山河大地、日月星辰
訳:また昔の釈尊や優れた祖師たちが、正しく伝えて来た心というのは、「心とはすべての存在のことであり、すべての存在は心の姿である」ということです。清浄にして明らかな心とはどういうものか、それは山河大地であり、太陽や月や星である」とも説いています。
(ここは道元の思想の重要な部分ですから、後で改めて解説させていただきます:筆者)

 さらに道元は、大証国師慧忠(675‐775)と、南方から来た僧とのやり取りを紹介しています(以下「師」とは大証国師のことです:筆者)。すなわち、
 師曰く、「南方に何なる知識か有る。」
 僧曰く、「知識 頗(スコブ)る多し。」
 師曰く、「如何が人に示す。」
 僧曰く、「彼(カ)の方の知識、直下(ジキゲ)に学人に即心是仏と示す。

 訳:師、「南方にはどのような師がいますか」
   僧、「師は大変多いです」
   師、「どのように人に説いていますか」
   僧、「あちらの師は、すぐ修行者に即心是仏(この心がそのまま仏である。註1)と説きます。
 身中に遍(アマネ)く頭に挃(フル)れば頭知り、脚に挃れば脚知る。故に正遍知と名づく。此れを離れての外、更に別の仏無し。
 訳:この本性は身体の中に行き渡っていて、頭に触れれば頭が知り、脚に触れれば脚が知るのである。そこで、これを正遍知と名付ける。これ以外に決して別の仏は無い。
 此の身は即ち生滅有り、心性は無始より以来未だ曾て生滅せず。即ち身は是れ無常なり、其の性は常なり。南方の所説は大約 是(カク)の如し。
訳:この身体は生滅するものであるが、心の本性は永劫の昔から未だ嘗て生滅したことはない。つまり、我々の身体は無常なものであるが、その本性は常住であると。南方で説かれていることは、だいたいこのようなものです。

 それを聞いた大証国師は、「それでは、かの先尼(註2)が言ってることと同じではないか」と答えた。そして道元は先尼の思想を紹介しています。すなわち、
 外道のたぐひとなるといふは、西天竺国に外道あり、先尼となづく。かれが見処のいはくは、大道はわれらがいまの身にあり、そのていたらくは、たやすくしりぬべし。いはゆる、苦楽をわきまへ、冷暖を自知し、痛癢を了知す。
訳:外道(註2)の種類になると言うのは、昔インドに外道がいて、その名を先尼と言いました。彼に説によれば、大道は我々の今の身にあり、その様子は容易に知ることが出来る。いわゆる我々は、苦楽をわきまえ、冷暖を知り、痛痒を知ることが出来る。
 彼が云く、我が此の身中に一の神性有り。此の性能(ヨ)く痛癢を知り、身の壊(エ)する時、神(シン)は則ち出で去る、舎(イエ)の焼かれて舎主出で去るが如し。舎は即ち無常なり、舎主は常なりと。
訳:先尼が言うには、「我々のこの身体の中には一つの神性がある。この神性は、よく痛い痒いを知り、身体が死ぬ時には、その神性は出て行く。あたかも家が焼けて、家の主人が出て行くようなものである。この家は無常なものであるが、家の主人は変わることがない」と。

註1 中国南方で説かれている「即心是仏」が、道元が説く「即心是仏」と同じ言葉であることに注意してください。つまり、大証国師(道元)は、「向こうの解釈は間違っている」と言っているのです。
註2 外道とは仏教徒以外の者。先尼とは、釈迦以前のインドのヴェーダ信者。大証国師や道元など、大乗仏教徒が、ヴェーダ信者や初期仏教徒を見る目は厳しすぎます。外道とか、先尼、小乗などの言葉は明らかに貶称です。後ほどお話しますが、筆者はむしろ彼らの思想の方が正しいと思っているのです。

即心是仏‐「正法眼蔵」(2)

 道元は先尼の思想を批判して、

 若し見聞覚知を以て、是を仏性と為さば、浄名は応(マサ)に、法は見聞覚知を離る、若し見聞覚知を行ぜば、是れ則ち見聞覚知にして、法を求るに非ず、と云ふべからず。
訳:もし見たり聞いたり考えたり知ったりするものが、仏の本性と言うのなら、維摩居士が「真実の法は、見る聞く考える知るということから離れている。もし見る聞く考える知るということを行えば、これはただ見る聞く考える知ることであって、真実の法を求めることにはならない。」とは言わなかったであろう。
そして道元は、
 いはゆる仏祖の保任する即心是仏は、外道二乗(註3)ゆめにもみるところにあらず。唯仏祖与仏祖のみ即心是仏しきたり、究尽しきたる聞著(モンジャク)あり、行取あり、証著(ショウジャク)あり。
訳:いわゆる仏祖の護持している即心是仏は、外道や小乗の修行者には、夢にも見ることが出来ないものです。これはもっぱら、仏祖だけが即心是仏を明らかにしてきたのであり、究め尽くしてきたと言われるのであり、行じてきたのであり、悟ってきたのです。
 つまり、道元は、「(大証国師の時代に)南方で行われていた教えは、いわゆる先尼の思想であり、それを同じ言葉『即心是仏』で言うのは大きな誤りだと言っているのです。

註3 大証国師や道元のような大乗仏教徒が、それ以前の部派仏教徒のことを小乗と貶めて呼ぶ言葉。

道元や大証国師が先尼(釈迦以前のヴェーダ信者)や初期仏教(二乗)を激しく批判している理由:

 要するに先尼(ヴェーダ信徒)や二乗(初期仏教徒)が言うのは、人間には本来神性があるであり、道元や大証国師はあくまでも神性(仏性)は悟りに至った者だけに現れると言いたいのです。しかし、道元たちと先尼や小乗仏教徒(いやな言葉ですが)の論点はズレているのです。なぜなら、もちろんヴェーダ信徒や初期仏教の人達も修行を不可欠のものとしていますし、道元の主張によっても悟りに至った者には神性はあることになるからです。とすれば、その神性はどこから来たのでしょうか。やはり、もともと人間が持っていたとしか考えられません。つまり、道元や大証国師の言うことはなんら矛盾していないのです。目くじら立てて痛罵することではないと思います。
 筆者は、むしろヴェーダや、部派仏教の一つ、説一切有部の考えに共感しているのです。

 道元や大証国師がヴェーダ信徒や部派仏教徒を批判する言葉の激しさには戸惑いを覚えます。釈迦仏教はヴェーダ信仰のアンチテーゼ(対立命題)として成立したことは、前にお話しました。ヴェーダの思想は「人間には本来個我(アートマン)という、不変のものがあり、肉体が滅びても永遠に残る。人間が転生を繰り返すうちに心のあり方を正しくして行けば(梵、ブラーフマン。神ですね:筆者)と一体化できる」というものです。

 釈迦仏教では「すべては縁によって成り立つものであり、梵とか個我のような固定的なものの存在は認めない」と言うのですから、対立するのは無理はありませんね。面白いことに、初期仏教の中にもヴェーダ信仰と同じ思想があるのです。つまり、初期仏教(部派仏教)の中に、早くも釈迦の思想に反対する人たちが出てきたのです。部派の一つ、説一切有部の「有」とは、「個我のように不変なものがある」と言う意味です。説一切有部が、他の部派や大乗仏教徒から排撃されたのは当然でしょう。しかし、およそ宗教にあっては、他の宗教や宗派を攻撃するのは神の心に反する行為です。

 繰り返しますが、筆者は、むしろヴェーダや説一切有部の考えに共感しているのです。釈迦仏教は、ヴェーダ信仰のアンチテーゼ(対立命題)として出発したために、かえってそれに足を取られ、正しい方向に進めなかった野だと思います。とくに大乗仏教徒がヴェーダ信仰や部派仏教のうちの説一切有部などを悪しざまに言うのは、天に向かって唾を吐く行為だと筆者は思うのです。

即心是仏‐「正法眼蔵」(3)

  道元が仏(神)の存在を認めていた理由

 この「正法眼蔵・即心是仏」で道元は、
いはゆる正伝しきたれる心といふは、一心一切法、一切法一心なり。
つまり、「いわゆる仏祖が正しく伝えて来た心とは、すべての存在のことであり、すべての存在は心の姿である」と言うのです。

古徳云く、「作麽生(ソモサン)か是れ妙浄明心山河大地(センガ ダイチ)、日月星辰(ニチガツ ショウシン)」・・・心とは山河大地なり、日月星辰なり。
 また昔の高僧達も、「清浄にして明らかな心とはどういうものか、それは山河大地であり、太陽や月や星である・・・心とは山河大地であり、太陽や月や星である」
と言っているのです。
つまり道元は、悟りに達した者のみの心が認識する山や川、日月や星こそ真の実在である(だから発心し、修行し、菩提、涅槃に入るように努めなさい)と言っているのです。悟りに達した者の眼で見た自然とは、仏(神)の目で見た自然だというのが論理的必然です。道元自身がそうと自覚していたかどうかはわかりません。しかし、
ただわが身をも心をもはなちわすれて、仏のいへになげいれて、仏のかたよりおこなはれて、これにしたがひもてゆくとき、ちからをもいれず、こころをもつひやさずして、生死をはなれ、仏となる(「正法眼蔵・生死巻」)
の仏とは、まさに神仏の「仏」ではないですか。

 筆者は、人間には本来仏(神)性があり、ふだんは潜在意識の中に眠っている。それが修行や禅の学ぶことによって顕在意識、そして神仏と通じるようになると考えています。それが悟りなのです。しかし、なにも禅の修行だけが、神の心に通じるための必須要件なのではありません。すぐれた芸術家や科学者は、常人以上の努力と集中力によって偉大な成果を挙げています。漱石は禅を学んだそうですが、芥川や谷崎についてはそういった話は聞きません。「モーツアルトの音楽には神の心が感ぜられる」と言う意味のことを小澤征爾さんが言っています。天才とは「生まれながらに神の心に通じている人」ではないかと思います。しかし天才でなくても神の心に通じることはできるのです。それは懸命な努力によって成し遂げられるのだと思います。イチローがどれだけ努力と工夫を知っているかをご存知の人は多いでしょう。

 話を元に戻します。道元は禅思想のバックグラウンドが仏(神)であると認識していたはずです。それは道元の書いたものや言った言葉から明らかです。本人がそれをどこまで認識していたかどうかはわかりませんが。

正法眼蔵のむずかしさ

「正法眼蔵」のむつかしさ

 道元の「正法眼蔵」は、わが国古典の中で最も難解なものとされています。筆者もなんとか道元の真意を読み解こうとしていますが、理解の難しさの理由の一つとして、道元はじつに巧みにピントをずらして論述しているせいだと感じています。それはもちろん、禅では答えを直接明示せずに、あくまで修行者自身に気付かせることが教えの根本だからでしょう。それにしても、道元がピントをずらす巧みさには、しばしば驚嘆するのです。
 「隠し絵」というものがありますね。子供向けの絵本によくある「この森の中に動物が隠れています。それはなんでしょう」と言う類いです。そのごく高級なバージョンと考えていただければいいでしょう。

 「正法眼蔵」の解説書はたくさん出されています。しかし、そのほとんどは、原文をそのまま和訳したものに過ぎません。原文は当時の多くの文書と違ってかな交じりの文で、比較的読みやすいのですが、そのまま現代文に訳してもほとんど意味がわからないのです。そうではなくて、その奥に隠されている真意を読み取らなければならないのです。真意がわからなければ正しい訳もできるはずがありません。へたな外国語通訳と同じで、「言っていることはわかるけど、意味がわからない」ことになるのです。
 
 筆者の尊敬する元東京大学医学部教授で、文部大臣だった橋田邦彦先生は、「20年にわたって正法目蔵を研究してきた。そして今でも毎日それを勉強している」とおっしゃっています。橋田先生が「正法眼蔵」の解読を志されたころ、永平寺の眼蔵会講師であった岸沢惟安師(1865-1955)による解説書が部分的に出版されていました。しかし、橋田先生は現代の解説書は一切斟酌されず、ただ、東京大学図書館で見付けた「正法眼蔵御抄(註1)」を手掛かりにしながら独力で理解することに努められたのです。正しい判断だったと思います(筆者も岸本師の著書を読んでみましたが、手に負えませんでした)。

註1「正法眼蔵」の解説書。弟子詮慧が道元から直接聞いたことを、その弟子経豪が記したもの。すでに当時から、「正法眼蔵」が難解であったことが知れます。なお、「正法眼蔵」を漢文で翻訳したものもあると聞きます。当時の人々にとって漢文は教養の必修科目で、道元の仮名交じり文より理解しやすかったのかも知れません。

 筆者も87巻のさまざまな部分を読む時、最初はさっぱりわからないことがしばしばです。何日も考えます。そうしていますと、あるとき「スッ」と腑に落ちることがあります。
 このことを念頭に入れていただいた上で、次回お話しする「正法眼蔵 即心是仏」をお読みください。

仏性ー仏教の混乱(1,2)

仏性‐仏教の混乱(1)

 「狗子仏性」「即心是仏」「非心非仏」など、禅の公案には「仏(性)」に関するものがたくさん出てきます。さらに仏教全体を通しても「一切衆生悉有仏性」という重要な言葉があります。道元は「正法眼蔵 仏性巻」で、「これこそ釈尊の教えの根本であり、代々の祖師が悟り、伝えて来たものである」と言っています。
 しかし、肝心の「仏(性)」とはなんですか、と言われてもよくわからないところがあります。試しにネットで調べてみますと、
 例1)仏の性質・本性
 例2)悟りの境地
 例3)人間だけが持つ覚者(仏=ブッダ)になれる可能性

わが国の仏教研究の碩学中村元博士は、
「仏性の意味を平たく言えば“いのち”といってよい。だれにもこの“いのち”がそなわっていて、それゆえに、みな平等であるというのがこの経典(涅槃経)の中心思想である」(「仏教のことば 生きる智慧」中村 元編著)
考えるまでもなく、1)と3)はまったくちがいます。第一、1)でさえ、「仏とはなにか」の答えにはなっていません。一方、3)では「仏」とは釈迦のことなのですね。「神」ではないのです。阿弥陀様も観音様も「仏」、先祖の霊も「仏」なのです。キリスト教では神は唯一絶対の存在、キリストはキリストと厳密に区別されているのとなんと大きな違いでしょう。これが仏教の混乱の元だと筆者は考えています。その理由は後ほど示します。

 ちなみに「一切衆生悉有仏性」は、「大般涅槃経」にある言葉ですが、その意味はこれまでほとんど、

 ・・・いかなる凡夫であっても、そのままで仏性、すなわち悟りの萌芽を持っている・・・

と解釈されています。つまり3)の解釈ですね。「一切衆生悉有仏性」についても宗派によって解釈の違いがあり、「衆生の中にはブッダ(覚者)になれない者もあるという説 (法相宗) 、人間に限らず、山川草木や生類すべてに仏性があるとする説(天台宗)、それらの精神性をもたないものは仏性がないとする説(華厳宗)など、じつにさまざまですます。仏教の中心課題の解釈がこのようにバラバラではどうしようもありません。現在でもそうなのです。

 いかなる宗教でも「神」がバックグラウンドにあるのは論理的必然です。しかし、おかしなことに、仏教では神とか絶対者とか宇宙意識というような概念が出てこないのです。いや、隠されているのです。その理由はおそらく、釈迦仏教が、それ以前のインド思想であるウパニシャッド哲学のアンチテーゼ(対立命題)として出て来たものだからでしょう。ウパニシャッド哲学では、梵(ブラーフマン)という絶対者(神)との合一を理想としているからです(梵我一如思想)。これが仏教では絶対者の存在が曖昧な理由なのでしょう。

浄土系思想は、仏教史の中でも革新的な思想です。以前お話したように、釈迦以来の仏教が自力本願を旨としているのに対し、浄土系思想では、なんと他力本願を本旨としているからです。筆者は、浄土思想を確立した法然こそ、仏教史上龍樹(ナーガルジュナ)を超える大天才だと考えています。しかし、唯一、浄土系思想で絶対者のようなものが出てきますが、それは阿弥陀如来であり、まだ絶対者とは言えない存在、つまり如来の一つなのです。

 この仏教における混乱を初めて打開したのがしたのが、あの道元なのです。

仏性‐仏教の混乱(2)

 くりかえしますが、あらゆる宗教が絶対者をバックグラウンドにしているのは論理的必然です。それなのに仏教ではそこがきわめて曖昧なのです。筆者が仏教を学んでいますと、いつも何か引っ掛かるものがありましたが、いま、その原因の一つはこの曖昧さにあるように思いました。もちろん禅でも事情は同じです。禅を学んでいますと必ず神とか宇宙意識のような絶対者の存在が背景にあることがわかります。なのにいつもそれが漠然としているのです。そこを打破したのが、あの道元なのです。

 道元は、たとえば「一切衆生悉有仏性」の意味としての、

 ・・・いかなる凡夫であっても、そのままで仏性、すなわち悟りの萌芽を持っている・・・

という一般的解釈について強い疑問を感じていました。わが国の高僧に尋ねても納得ゆく答が得られず。そのために中国へ渡ったという話もあります。そして道元が把握した「仏性」の意味はこれらとはまったく違いました。たとえば、「正法眼蔵 第三巻仏性」の冒頭には、

 ・・・釈迦牟尼仏言 一切衆生 悉有仏性 如来常住 無有変易(むうへんやく)。これわれらが大師釈尊の獅子吼の転法輪なり・・・

とあります。大乗経典の「大般涅槃経」の一句をそのまま引用しているのですが、道元は「一切衆生、悉有仏性」を「一切の衆生、つまり自然界におけるすべてのものは仏性である」と解釈しているのです。それは、これに続く言葉・・・すなわち悉有は仏性なり・・・から明らかです。「衆生は悉く仏性(ブッダになれる可能性)を持っている」という意味ではないのです。「悉有は仏性なり」、つまり、すべてのものは仏の顕現であるという意味なのです。次の道元の道歌もまさにそれを示しています。

 峰の色 渓の響きも みなながら 釈迦牟尼の声と姿と

明らかに釈迦牟尼仏=仏(ほとけ)=宇宙原理=神と考えていますね。さらに道元は、

・・・ただわが身をも心をもはなちわすれて、仏のいへになげいれて(仏の家に投げ入れて)、仏のかた(方)よりおこ(行)なはれて、これにしたがひもてゆくとき、ちからをもいれず、こころをもつひやさずして、生死をはなれ、仏となる(「正法眼蔵 生死巻」)・・・

の一節も、明らかに仏=宇宙原理=神を示しています。つまり、道元こそ、釈迦仏教を乗り越えた人なのです。禅が仏=宇宙原理=神を根本原理としていることは、さまざまな公案や書物を読めばおのずと明らかです。

即心是仏‐「正法眼蔵」(3)

  道元が仏(神)の存在を認めていた理由

 この「正法眼蔵・即心是仏」で道元は、
いはゆる正伝しきたれる心といふは、一心一切法、一切法一心なり。
つまり、「いわゆる仏祖が正しく伝えて来た心とは、すべての存在のことであり、すべての存在は心の姿である」と言うのです。

古徳云く、「作麽生(ソモサン)か是れ妙浄明心山河大地(センガ ダイチ)、日月星辰(ニチガツ ショウシン)」・・・心とは山河大地なり、日月星辰なり。
 また昔の高僧達も、「清浄にして明らかな心とはどういうものか、それは山河大地であり、太陽や月や星である・・・心とは山河大地であり、太陽や月や星である」
と言っているのです。
つまり道元は、悟りに達した者のみの心が認識する山や川、日月や星こそ真の実在である(だから発心し、修行し、菩提、涅槃に入るように努めなさい)と言っているのです。悟りに達した者の眼で見た自然とは、仏(神)の目で見た自然だというのが論理的必然です。道元自身がそうと自覚していたかどうかはわかりません。しかし、
ただわが身をも心をもはなちわすれて、仏のいへになげいれて、仏のかたよりおこなはれて、これにしたがひもてゆくとき、ちからをもいれず、こころをもつひやさずして、生死をはなれ、仏となる(「正法眼蔵・生死巻」)
の仏とは、まさに神仏の「仏」ではないですか。

 筆者は、人間には本来仏(神)性があり、ふだんは潜在意識の中に眠っている。それが修行や禅の学ぶことによって顕在意識、そして神仏と通じるようになると考えています。それが悟りなのです。しかし、なにも禅の修行だけが、神の心に通じるための必須要件なのではありません。すぐれた芸術家や科学者は、常人以上の努力と集中力によって偉大な成果を挙げています。漱石は禅を学んだそうですが、芥川や谷崎についてはそういった話は聞きません。「モーツアルトの音楽には神の心が感ぜられる」と言う意味のことを小澤征爾さんが言っています。天才とは「生まれながらに神の心に通じている人」ではないかと思います。しかし天才でなくても神の心に通じることはできるのです。それは懸命な努力によって成し遂げられるのだと思います。イチローがどれだけ努力と工夫を知っているかをご存知の人は多いでしょう。

 話を元に戻します。道元は禅思想のバックグラウンドが仏(神)であると認識していたはずです。それは道元の書いたものや言った言葉から明らかです。本人がそれをどこまで認識していたかどうかはわかりませんが。