もしもあの世があったら(1)

 読者の柴田さんから、筆者の霊的体験について知りたいとのご要望がありました。小林秀雄さんの霊的体験についてお話したよい機会ですからお話します。

 「死んだら僕は無になる?とても怖い」沖縄県の医師志慶真(しげま)文雄さんは、子供の時からこの思いに苦しんでいたとか。気持ちはわかりますね。志慶真さんは後に熱心な浄土真宗の信者になりました。平安時代、死の間際の人が、阿弥陀如来画像の手の部分に開けた小穴に通した糸の端をつかんで極楽往生を願ったことはよく知られています。その絵がいくつか残されており、中には糸の切れ端まで付いているものもあります。筆者も親しい友が次々に亡くなり、死を意識するようになってきますと、「本当にあの世があったらずいぶん気持ちが楽になるだろう」と思ってます。

 「霊魂なんかない」と声高に言う人の多くが家に仏壇を持ち、お盆や彼岸にお墓参りする・・・・。先祖の霊がいないなら、供養する必要などないはずですが。

 東日本大震災では、たくさんの霊との出会いがありました(奥野修司「魂でもいいから、そばにいて 3・11後の霊体験を聞く」新潮社)。その一つ、

  宮城県石巻市の遠藤由理さん(42)は、津波で3歳9か月の長男・康生こうせいちゃんを失った。震災から約1か月後、遺体は見つかった。震災後、遠藤さん一家は「みなし仮設住宅」に住んでいたが、不思議な体験をしたのは、震災から2年たった頃。「康ちゃん、どうしてるんだろ。会いたいなあ」という思いが頂点に達したときだったという。

・・・・2013年のいつでしたか、暖かくなり始めた頃でしたね。あの日、私と中学生の娘と主人と、震災の翌年に生まれた次男の四人で食事をしていたんです。次男に「ごはんよー」と言い、
「康ちゃんも、こっちへおいで」と言ったとたん、康ちゃんが大好きだったアンパンマンのハンドルがついたおもちゃの車が、いきなり点滅したかと思うと、ブーンって警笛が鳴ったんです・・・・。
「康ちゃん、もう一回でいいからママにおもちゃ動かして見せて」と、心の中でお願いしたんです。そしたらまた動いたんですよ。こんな近い距離で私たちを見てるんだ。そう思ったとき、昔から私に「笑って、笑って」とひょうきんな顔をしたのを思い出しましてね。そうだ、私も笑わなきゃだめだ、頑張らなきゃだめだと思ったのです・・・・

 せつなくなりますね。でも由理さんがウソを言ってるはずはありません。霊はたしかにあるのです。

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