「空」と「瞑想」は違います-Huさんへ

  Huさんから次のような返事がありました。筆者の前回のブログ「デフォルトモードネットワーク(4)」についての感想です。「Huさんのおっしゃる『デフォルトモードネットワーは空即是色です』の意味がわかりません」との筆者の質問に対する回答です。他の読者の皆さんの参考になると思いますので、引用させていただきます。

Huさんの解釈:

 ・・・あるがままについての説明が不十分だったようです。デフォルトモードネットワークとそれ以外のネットワークとの関係を考える必要があります。物事に集中しているときに働いている執行系ネットワーク(central executive network)というのがあります、これが活動している時はデフォルトモードネットワークは抑制されており、逆に執行系ネットワークが抑制されると、デフォルトモードネットワークが活動し始めます。そして、この二つネットワークの活動の切り替えを気づきネットワーク(salience network)が担っています。凡夫が呼吸瞑想している時のことを想定してもらうと、まず腹部の膨らみ凹みに注意を向ける時、執行系ネットワークが働き、集中が途切れる時デフォルトモードネットワークのマインドワンダリングになり、気づきネットワークが呼吸への注意に戻します。しかし高僧の場合はそんないちいちの切り替えはなく、三つのネットワークが協調して中道の状態にある、三つのネットワークは働かないわけではなく、また滅せられているわけでもない。これがあるがままの意味です。ここでデフォルトモードネットワークのマインドワンダリングは無駄なものではなく、振り回されることなくその法位に住していれば迷いの中に現れる悟りもあります。扁桃体の暴走を後者の前頭前野がコントロールするというの図式がありますが、両者の協調した中道の状態が慈悲のエネルギーを生み出します。そのような状態の扁桃体は余分な働きはないのでその体積は縮小します・・・

筆者のコメント:Huさんは筆者が期待している人です。ただ、残念ながらHuさんは「空」がどのような概念かがわかっていないようです。筆者の質問は「デフォルトモードネットワークと空即是色がどう関わっているのですか」でした。その答えが上記のコメントです。その内容はやはり瞑想に関するものだと思います。つまり答えになっていません。「空」思想の内容というより、それ以前の問題です。「空」はどんなカテゴリーの思想なのか、なのです。Huさんは「空」とはモノゴトの観かたなのか、瞑想の状態を指すものなのか、それとも心の問題なのかがわかっていないようなのです。「空」は禅の基本思想です。「禅はわかったか、わからないかの世界だ」というのはこういうことなのです。筆者はHuさんと同じように禅を真摯に学ぶ者です。妥協はできません。禅でよく言う「三十棒を受けるべき人」です。どうか筆者のこのコメントを謙虚に受け止め、初心に帰ってください。

 

禅がむつかしかったら良寛さん

 「禅はむつかしい」という声をよく聞きます。それならまだいいのですが、そうとう禅を学んでいる人でも、誤って理解している人が少なくありません。「禅はわかったかわからないかの世界だ」と言います。その通りだと思いますが、それでは、「禅はむつかしい」という人には身も蓋もない話になってしまいます。そこで提案です。どうか良寛さんの言動を調べ、短歌や漢詩を味わってください。そうするうちに自ずと禅の心というものがわかってきます。たとえば次の詩を読んでください。

生涯身を立つるに懶(ものう)く
騰々(とうとう)として天真に任す
嚢中三升の米
炉辺一束の薪
誰か問わん迷悟の跡(あと)
何ぞ知らん名利の塵
夜雨草庵の裡(うち)
双脚等間に伸ばす

・・・頭陀袋の中に米三升、薪一束があれば十分だ。悟りなどどうでもいい。名声やお金など塵と同じだ。一間きりの庵の中で、二本の足を長々と延ばして、雨の音を聞いている。・・・そういう生活で十分満足しているのだと言うのですね。子供たちと日がな一日遊んでいる良寛さんを見て、村人の一人が「お経も読まず、子供たちと遊んでばかりいて」と咎めると、「これが私です」と呟くのみだった。またあるとき、夕方良寛さんが家路をたどっていると、農家のおじいさんが呼び止め「トウモロコシを食べて行きなさい。お酒も飲んでください。こんなことでよかったらいつでも寄ってください」と。地域の皆さんに愛されていたのですね。

 良寛さんは永平寺よりも厳しい修行道場である備中玉島圓通寺で18歳から10年にわたって修行し、国仙師から印可を受けた人で、しかるべき寺の住職にもなれる人だったのです。そこでは衣食に困らず、弟子を教育し、尊敬されて一生を送ることもできたのです。しかし、それらを一切捨て、さらに10年間求道の旅に出、39歳のとき故郷の越後に帰ってきました。その間に禅の心を生きるとはどういうことかを徹底的に追求し、ついに越後でのあの生き方こそ「正しく禅の心を生きることだ」と悟ったのでしょう。

 良寛さんの生き方を知るエピソードはたくさんあります(漢詩や和歌として残っています)。漁師小屋が火事で焼けた時、たまたまそこにいた良寛さんを失火犯人だとみなし、漁師たちが袋叩きにした。そこへ通りかかった知人がなにがしかのお金を与え、「どうして『私ではない』、とおっしゃらなかったのですか」と聞くと、ただ「言ってもしかたがないから」と。

 良寛さんと親しく接した越後の大庄屋である解良栄重は、「良寛さんが家に来られると、教えを説くのでもないのに、その後何日も家の者たちが和気あいあいとする」と「良寛禅師奇話」に書き残しています。

 なんとも爽やかなエピソードですね。一切のこだわりを持たない、良寛さんの人柄がよく出ています。「良寛さんは越後で熱心に人々を教え導いた」と言う人がよくあります。しかし、そんなことでは良寛さんをわかりません。良寛さんはただ「あるがまま」に生きただけです。それだけで結果として人々の心を豊かにしたのです。そこがすごいのです。

 「良寛が人びとに食べ物を無心した手紙が49通もある」などと言って批判する研究者もいます。「○○の勘繰り」というやつでしょう。「それならあなたがやってみなさい」と言いたいのです。2回目からは相手にされなくなるでしょう。あの傲慢な北大路魯山人でさえ、良寛さんの書を激賞し、「良寛様」と呼んでいるのです。

 新潟県燕市国上寺中腹にある良寛さんの庵、五合庵の前には、

 「焚くほどは風がもて来る落葉かな」

の有名な句碑があります。実はその数年前に一茶が作った「焚くほどは風がくれたる落葉かな」を改作したものです。

・・・・・・心境の違いは歴然としていますね。

 筆者はこの10年間、たくさんの禅の書物を読み、近・現代の禅師や仏教研究家のお話を聞きました。それはそれなりに得るところは多かったのですが、やはり禅の心は良寛さんの言動に尽きると思うのです。なんとか良寛さんの息吹に浸りたいと、良寛さんの故地・新潟県の国上山五合庵や、出雲崎、与板なども訪ねました。

 ・・・ことほど左様に、筆者は良寛さんのことを語れば、尽きるところがないのです。

現成公案-岩村宗康さんの解釈(2)

 岩村さんは「正法眼蔵」はもちろん、「永平和尚廣録」、「景徳傳燈録」などさまざまな禅の古典を読んでいらっしゃる人で、それから得た知見を総括して自説を展開していらっしゃいます。誠実で謙虚なお人柄も感じられ、好感が持てます。やはり臨済宗妙心寺派のしかるべき地位にあった方でしょう。

 しかし、筆者は岩村さんが参考にした同じ資料をもとにして、まったく別の解釈をしています。・・・お聞きください。

 つまり、「正法眼蔵」のキーワード現成公案の解釈が異なります(以前から岩村さんからご指摘を受けてきたことです)。岩村さんは「大漢和辞典」や「中日大辞典」を参考にして「現成公案とは、既成、つまり、仏法はすでに目の前に現れている」と結論されています。しかし、禅の言葉を国語辞典に基づいて解釈することから間違っていると思います。少なくとも禅語辞典を調べるべきでしょう。

 筆者は「現成公案とは、すべてのものはあるべきようにある(公案)。しかし、見て(聞いて、嗅いで、味わって、触れて)初めてモノゴトとして現れる」と解釈しています。つまり筆者の言う「空」ですね。この解釈が正しいことは、「正法眼蔵」のハイライトは、まさに「現成公案編」であることから明らかです。道元は現成公案編で最初から「空」を説いたのです。「空」こそ禅の要諦なのです。それに基づけば岩村さんが根拠とされている先師の言葉をすべて、まったく別の視点からすべて説明できます。

 たとえば、岩村さんは、道元の言葉(筆者の意訳)「私が如浄師から教えられたことは、ただ眼横鼻直なることだけだ。仏法というものなどない」の内容を「見成(現成)公案は、日常の行為に現成している」と解釈していますが、誤りだと思います。正しくは「(仏法は)日常の行為により現成する」です。すなわち、「見て(聞いて、嗅いで・・・、」つまり体験して)初めて現成する」のです。つまり、既成の事実なのではなく、「初めて現れる」なのです。わずかな語句の違いですが、意味はまったく異なります。これがわからなければ禅はわかりません。

 道元が「とくべつな仏法などというものはない。ただ眼横鼻直であることだけがわかった」と言っているのは、道元なればこそ言える言葉なのです。「眼は横並びで鼻は真っ直ぐ」とは「当たり前のこと」ですね。仏法とは「当たり前のこと」です。すべての教えも哲学も、よく考えてみれば「当たり前のこと」です。当然ですね。道元は「見て(聞いて、嗅いで・・・、つまり体験して)初めて現成する」それが「当たり前のこと」と言ったのです。

 この、岩村さんとはまったく異なる解釈に従えば、岩村さんが根拠にしている他の道元の言葉、・・・仏祖翻身す五万回、見成公案百千枚(寺田透訳註「永平和尚廣録」上420b 岩村さんの訳(以下同じ):ブッダは衆生済度のため五万回も身を投げ出して十方世界に全身を現わした。即今の全世界が仏祖の現身(うつしみ)だ・・・も、雪竇重顕禅師(980〜1052)の言葉(「明覚禅師語録」巻一(T47-676a)、・・・未だ母胎を出でざるに見(現)成公案す。周行七歩は過犯弥天なり。更に鹿野苑中に入るは枝蔓上に枝蔓を生ず・・・(訳:ブッダが未だ誕生しない前、既に仏法は成就し、仏道は円成している。出生するや七歩して「天上天下唯我独尊」とは空を覆うような罪過です。さらにその上鹿野苑での初転法輪はつるにつるを絡ませ、ますます人々を混乱させただけだ・・・

も説明できるのです。すなわち、筆者の解釈による「現成公案」の原理は、「未だ母胎を出ない時からも、ブッダが誕生しない前からも存在する」は当然です。つまり、岩村さんと全く同じ文献を引用して、別の解釈ができるのです。

補注:岩村様「圜悟克勤における現成公案について」を読ませていただきました