禅はむつかしくない(5)風化を恐れるのは誤りです

 禅の要諦を一言で言えば(ずいぶん乱暴ですが)、「こだわらない」ことでしょう。苦しかったこと、悲しかったこと、そして無念だったことが本当につらいのは、じつはそれらを繰り返し思い出すことにあると思います。繰り返して思い出すことによって思い出は増強されるのです。あの東日本大震災で大切な家族や家を失った人たちがよく、「風化していくのが怖い」と言います。テレビもそれを斟酌し、NHKなどは10年以上、あれやこれやと関連番組を放送しています。多くの友人が「わかったわかった。つらい話はこちらの心も重くするので、いい加減にしてほしい」と言っていました。

 そのとおり、筆者は「風化」こそ、人間が苦しみから逃れるための本能だという気がします。大切な家族を失った当初は、それこそ「寝ても覚めてもその人たちのことを思い出す。しかし1年もたつと一日に一度になり、3年も経過すると週に1回になり・・・と少しづつ忘れていくものではないでしょうか。それだからこそ、人間は現実に帰って、立ち直って行けるのだと思うのです。「風化するのが怖い」という考えはそれに逆行するのではないでしょうか。むしろ大切なことは、つい思い出しそうになったら、「アッ」と止めるのです。少しのトレーニングが必要ですが、くり返していると、だんだん上手になってきます。そして、忘れて行けるのです。とても大切な人間の知恵だと思います。

 誰でも一生のうちには、大変なことが立て続けに起こることがあるものです。筆者にもそういう時期がありました。父母の病気のこと、仕事のこと・・・。そういう時は、次から次へと良くない連想をするものです。そのとき筆者の心配を軽くしてくれた二つのアドバイスがありました。一つは筆者の大学の嘱託医の言葉「将来のことを悲観的に悲観的に考えるのではなく、起こることを一つずつ解決していくのです」と。もう一つはある宗教家の「今あれこれ心配していることが全部起こるわけではない」との教えです。キリスト教でも「明日のことを思い煩うな。 明日のことは、明日自身が思い煩うであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である(マタイ6章34節)」と言います。とても勇気付けてくれる言葉ですね。

 そして筆者の問題もその通りになり、解決したのです。

 これらはいずれも禅の「空」の概念に当てはまるのです。「空」の思想は「今を生きる」です。これらの言葉や思想は、人間が長い間、さまざまな苦難に出会って獲得した叡智なのです。

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