「空」思想の原典・般若経典(1)

        中野禅塾だより (2015/11/22)

「空」思想の原典・般若経典(1)

 Yahoo知恵袋の「般若心経の作者は?」との質問にたいする答えの一つに「お釈迦様です」とあり、驚きました。
 「般若経」などのいわゆる大乗経典類は釈迦の直伝ではなく、後代に作られたものであることは現在では定説です。しかし今でも各宗派がそれぞれの依拠する経典をお釈迦様が悟りを開かれて最初に説かれたものとか、お亡くなりになる前に説かれた最高の経典と自称していることが大きな混乱の元だ、と以前お話しました。釈迦の教えは、インドには哲学的な国民性があることによって、その後大幅な拡大解釈(増広)がなされた点が、キリスト教との大きな違いなのです。その結果が大乗経典類としてまとめられました。つまり「般若心経」はお釈迦様の直伝ではないのです。

 初期の代表的な大乗経典に「般若経」があり、そこで「空」の理論が説かれたことはよく知られています。しかし、それはいわば第一バージョンであり、その後何回か増広がなされ、最終的に7世紀の人、あの玄奘三蔵によって600巻にまとめられました。
 「般若経」第一バージョンの成立は紀元前後と言われています。一方、有名な「般若心経」は4世紀頃まとめられたとされていますが、その前に「金剛般若経」が成立していました。紀元150-200年頃とされています。ですからあの龍樹(150?-250?)が「金剛般若経」を読んでいたかどうか、ちょっと微妙です(なお龍樹の「大智度論」は「般若経」の注釈書とも言われていますが、重大な疑問も提出されています)。

 「金剛般若経」は「空」の思想を説いていますが、「空」という言葉そのものはまったく使われていません。中村元博士は「おそらくそれは『空』という思想が確立される前、部派仏教の人たちと接触を持ちつつ編集されたのだろう」と言っています。「金剛般若経」の特徴は、随所に則非という言葉が出て来ることです。たとえば、

 ・・・是経名金剛般若波羅蜜・・・仏説般若波羅蜜 則非般若波羅蜜(この法門は<智慧の完成>と名づけられる・・・「如来によって説かれた<智慧の完成>は、智慧の完成ではない」と如来によって説かれているからだ。それだからこそ<智慧の完成>と言われるのだ。)・・・

というふうに、「〇〇〇である。しかし○○○ではないからそうなのだ」と、マッチポンプ的な表現なのです。ちょっと面喰いますが、じつは重要です。鈴木大拙博士は「禅の要諦は則非にあり」と言っています。さすが慧眼だと思います。なぜなら、禅では概念の固定化を厳しく戒めているからです。筆者もさまざまな禅語録(公案集)を読んでみましたが、たしかに概念の固定化は悟りの障害になると繰り返し説いています。それどころか悟りすら否定しているのです。

 仏教を正しく学ぶには、その歴史的展開を知ることがとても大切だと筆者が繰り返しているのはこのことです。それをしないから「般若心経の作者はお釈迦様です」などという回答が出てくるのでしょう。

 ちなみに「般若心経」の作者はわからないようです。また、漢訳は一般には鳩摩羅什訳と玄奘三蔵訳があるとされますが、実際には後者はだれかが玄奘三蔵を敬慕するのあまり、鳩摩羅什訳から引用したもののようです。

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