正信偈‐1,2)

 1)正信偈(正信念仏偈は、親鸞の著書教行信証の「行巻」の末尾に所収の偈文で、真宗の要義大綱を七言60行120句の偈文にまとめたものです。同じ親鸞撰述の三帖和讃とともに、本願寺第8世蓮如によって、僧俗の間で朝暮の勤行として読誦するよう制定され、現在も行われています。浄土真宗の門徒である筆者の家では法事のたびに唱えます。それにしても、蓮如がこのお経を発明して良かったと思います。法事のさい、皆でただ南無阿弥陀仏と唱えるだけでは間が持てませんし、阿弥陀経は長すぎます。

 内容としては、大きく二つの部分によって構成され、〈総讃〉の2句に続く前半は、〈依経段〉と言われ〈仏説無量寿経仏説〉に依って明らかにされています。浄土往生の正因は信心であり、念仏は報恩行であることを説明し讃嘆しています。後半の部分は〈依釈段〉と言われ、インド・中国・日本でこの教えを正しく伝えた七高僧の業績・徳を讃嘆しています(Wikipediaより)。

 正信偈 原文と現代語訳(真宗大谷派明順寺HP https://mjj.or.jpより)

帰命無量寿如来 南無不可思議光
生きとし生けるものを喚(よ)び覚(さ)ましてやまない無量寿如来に帰命し、思いはかれない智慧のみ光に帰依(きえ)いたします。

法蔵菩薩因位時 在世自在王仏所
その昔、あなた(阿弥陀)が法蔵菩薩として道をもとめておられたとき、世自在王仏という師におつかえし、

覩見諸仏浄土因 国土人天之善悪
あらゆるみ仏の世界の成り立つ原因と、その国土の人間と天人の善し悪しのすがたをみきわめて、

建立無上殊勝願 超発希有大弘誓
すべての人の依りどころとなる淨(きよ)らかなる国土を建てようと、この上なく素晴らしい願いを打ち立てられ、みな共に目覚めようとの、またとない誓いをおこされました。

五劫思惟之摂受 重誓名聲聞十方
五劫という長い時をかけ、思索を深める中から根本の願いを選び取って、み名(名号)にあらわされ、重ねて誓われました。どうかこのみ名とそのいわれがよく聞かれ、あまねく十方の世界にひびきわたりますように、と。

普放無量無辺光 無碍無対光炎王
あなたの名は、この世界の至るところにあまねく光を放ち、はかりなく、果てしなく、さまたげなく、比べるものなく、炎のように燃えて、

清浄歓喜智慧光 不断難思無称光
清浄(しょうじょう)な、身心に満ちるよろこびとなり、真の智慧を輝かせ、絶えることなく、思いや言葉でたたえ尽くせない光が、

超日月光照塵刹 一切群生蒙光照
日月よりも明るく、世界のすみずみまで照らします。すべてのいのちが、その光の恩恵をこうむっています。

本願名号正定業 至心信楽願為因
この南無阿弥陀仏の名号こそ真実の言葉となって人が生きて往く道を正しく定めるはたらきをします。み名に込められた、真実に目覚ませようとのお心が、私たちのいのちの根源にはたらきかけ、呼び覚ますのです。

(以下、紙面の都合により割愛。明順寺HPをお読みください)

 いかがでしょうか。それにしてもすべてが詩文であることに驚かされます。親鸞は詩人でもあったのですね。筆者は20年ほど前、この〈正信偈〉の意味を調べて愕然としました。〈教え〉などまったく書かれて無いからです。つまり、私たち門徒は長年、意味のない文言を唱えてきたのです。文字通り「お経のように」。ただ一ヶ所、法然の思想の核心部分南無阿弥陀仏と何度も唱えることだけはホッとしていますが。ちなみに浄土系思想の基本経典は〈無量寿経〉の他に、〈観無量寿経〉と〈阿弥陀経〉があります。〈無量寿経〉には「弥陀の四十八願」が書かれていますが、すでにブログでお話したように、内容は架空の〈お話〉です。さらに、〈観無量寿経〉と〈阿弥陀経〉にも〈教え〉などまったく書かれていません。それにしても、法然は偉大です。これらの〈お話〉から、その本質をくみ取り、釈迦仏教とは別の思想を打ち立てたのですから。ただ惜しむらくは、法然と親鸞以降、その教えを正しく理解している人は僧俗ともにいません。今、しきりに〈仏教離れ〉が言われていますが、当然でしょう。

2) そこで今回は、中国浄土教(註1)から法然の思想に至る浄土教の歴史が書かれた部分についてお話します。

・・・・印度西天之論家 中夏日域之高僧
はるか西方、印度の論主(龍樹・天親)、中国・日本の高僧(中国―曇鸞・道綽・善導、日本―源信・源空)がたは、

顕大聖興世正意 明如来本誓応機
釈尊がこの世にお生まれになった真意を表し、阿弥陀の根本の誓いが、人間そのものに応える救いであることを明らかにされました・・・・。

文中の印度西天の論家とは、

 龍樹は「十住毘婆沙論」の著者。それまで議論が分かれていた〈空(くう)〉思想を〈縁起〉として説明した。仏教の〈中興の人〉と言われています。
 天親(世親とも)は「浄土論」の著者。浄土往生の方法として〈五念門(註1)〉を説いています。

次に中夏日域之高僧とは、

中国人の曇鸞(どんらん)、道綽(どうしゃく)、善導と日本人の源信と法然(源空)のこと。

 曇鸞(生没年不明)とは、中国南北朝時代の僧で、中国浄土教、すなわち他力思想の開祖です。主に無量寿経の注釈をしました。

 道綽(562-645)とは、唐代の中国浄土教(中国浄土宗)の僧侶。浄土教を専ら弘めたのは道綽と下記の善導ら。

 善導とは、〈無量寿経〉の問題点〈唯除五逆謗法についての矛盾〉をともかくも説明した人。法然が拠り所としています。筆者のブログをお読みください。

 源信(942‐1017)とは、極楽往生するには、一心に仏を想い念仏の行をあげる以外に方法はないと説き、わが国の浄土教の基礎を創る。地獄極楽思想という釈迦も驚く考えを創出しました。紫式部や清少納言の著作にも出てきます。もちろん法然にも大きな影響を与えました。

 法然(源空1133‐1212))は、浄土思想を確立した人で、「ただ南無阿弥陀仏と唱えなさい」と説きました。以前のブログに書きましたように、釈迦の思想にはない画期的な考えです。

註1阿弥陀仏の極楽浄土に往生し成仏することを説く大乗仏教の一派。

註2阿弥陀仏を礼拝する礼拝門、阿彌陀の功徳を賛美する讚歎門、一心に極楽浄土に往生しようと願う作願門、阿彌陀仏や観音、勢至および浄土の荘厳などを観察する観察門、自分の功徳を衆生にほどこし、ともにそろって成仏しようと願う回向門の五つ。


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