禅問答について(1)父母未生以前のこと

禅問答について(1)父母未生以前のこと

 禅には公案というものがあり、禅問答の形で禅師が弟子に悟りへの重要なヒントとして与えるものです。曹洞宗が「只管打座(ひたすら坐禅せよ)」を重んじるのに対し、臨済宗では坐禅とともに、禅問答も重視します。もちろん曹洞宗でも公案を題材にした禅師の講話も行われています。「道元禅師語録」にも「上堂 挙す・・・」という一文で始まる講話が多くあります。「挙す」とは主に公案を題材にした講話のことです。

 そもそも禅問答の目的は、修行僧がそれまで慣れ親しんできたモノゴトの考え方を打破して、新しいモノゴトの考え方に移るためのものです。前にもお話しましたように、言語というものはモノの本質を表わすには大きな制約があります。あくまで方便なのです。修行僧に要求せられるのは、まずそのことを認識することです。さらに肝心なことは、新しいモノゴトの観かたとは何かを体得することです。

 前回紹介した哲学者井筒俊彦博士は、「宋の時代の禅問答は問いと答えの間には意味の上でのつながりはない」と言いました。それでは他の、修行が進んでいない者にはチンプンカンプンで参考にはならないでしょう。あくまでもあと一歩で悟りに達しようという者にとってのみ最後のきっかけとなるからです。夏目漱石も「父母(ぶも)未生以前に於ける、本来の面目如何」という公案を円覚寺の釈宗演老師から授けられ、熱心に参禅したことが知られています。六祖慧能大師の有名な公案です。その参禅体験は小説「門」や「夢十夜」にも描かれていますが、漱石がこの公案の意味を解することができたかたかどうかは読み取れません。初学者に対してまず与えられる公案には、この「父母未生以前・・・」の他に、「無字の公案」というものがあります。それらの意味については後ほどお話します。

 道元が公案の研究を退けて「只管打坐」と言ったのは、師である宋の如浄の教えでもあったのでしょう。如浄は、衰退しつつあった中国の禅の「最後の輝き」だったと言われる人です。如浄が禅問答を退けたのは、おそらく、修行僧たちがあまりにも公案の研究に埋没し、意味のないやり取りばかりしていたためでしょう。現在の臨済宗における禅問答にもそれが感じられます。とくに、漱石がそうであったように、修行の進んでいない者に対していきなり公案を与えるのは、かえって害になると筆者は考えています。

 そもそも、禅問答の絶対条件は、師の境地が十分に進んでいるかどうかでしょう。すぐれた禅師でなければ当意即妙の「一言」など吐けるはずがありませんね。未熟な禅師と、未熟な修行者との間に行われる禅問答は茶番でしょう。師匠が与えた「公案」に対して修行者がどんな答えを出そうと、「それはちがう」と言えばいいのですから。筆者も臨済宗系の宗派で禅問答が行われているのを見ましたが、形式に流れているように思われました。

 ここに禅問答の大きな問題があります。これが如浄や道元が突いたとこでしょう。

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