資本主義の行き詰まり‐東洋思想は世界を救う(1-7)

資本主義の行き詰まり‐東洋思想は世界を救う(1)

 先頃、ある会社のトップとお話したさい、「禅の目で見た世界経済について、どう思いますか」との質問がありました。先日、NHKスペシャルで3回にわたって「マネーワールド」を放映してましたね。とてもわかりやすく、現代の資本主義の問題点がまとめられていました。「もう資本主義は限界に達しており、打つ手がない」と言う。
 そこで今回のブログシリーズでは3回に分けて、「資本主義の行き詰まり‐東洋思想は世界を救う」について筆者の考えをお話します。

 番組の要旨はこうでした。すなわち、約250年前に世界は資本主義の時代に入りました。「国富論」の著者アダムスミス(1723-1790)は、「人類が欲望のままに活動すれば『見えざる手』が社会を繫栄に導く」と言いました。たとえばアメリカ大恐慌のあと、公共事業の拡大で雇用を確保したように、「何かつまづきがあっても、必ずその打開策が出てくる」と言うのです。

 まず、産業技術が飛躍的に発展し、大量の製品が作られるようになった。先進国はその販路として植民地を作った。あとでも言いますフロンテイアです。しかし、植民地になるような国の数には限界があり、その動きも止まったのです。そこで次に金融を各国経済の重視するようになりました。国境を超えた為替取引きなどで、いわゆる金融空間です。たとえばアメリカなど、世界150か国以上に投資しています。しかし、地球の大きさや国の数は有限です。金融投資に基づく資本主義には必ず限界があるのです。これが第2のフロンテイアです。そしてとくにグローバル企業は、より早く、より効率よく、より手ごろなものを過剰なまでに追及システムに変貌した、スーパー資本主義と言えるものになっていると言います。
 「世界の富豪62人の資産総額は、36億人の資産の総額に匹敵する」とか。グローバル大企業の収益と国家予算を並べると、上位100のうち、企業の占める割合が7割を超え、スーパーマーケットのWalmartは、なんとアメリカ、中国、ドイツ、日本、フランス、イギリス、イタリア、ブラジル、カナダに続く第9位なのです。それほど格差が広がったのですね。イギリスではホームレスの若者が78万人と増え、アメリカでは実に7人に1人が貧困層なのです。

グローバル大企業の問題点

 これら企業のグローバル化、肥大化にはさらに、次の大きな問題があります。

 1)租税回避:たとえばIT企業のアップルは、採算の高い部門を意図的に税率の安いアイルランドに移し(タックスヘヴンですね。イギリスとドイツの法人税がそれぞれ20%と16%に対し、アイルランドは12.5%)、しかも、アイルランド政府公認のペーパーカンパニーに利益を配分した結果、最終的な税率はなんと0.005%だったのです。これでは本店があるアメリカや、支店のあるEU各国に納められる税金は激減し、そのために福祉や教育に使うお金が足りなくなったのです。そして、ちゃんと法定の税率で税金を納めている企業との間に著しい不公平が生じるのです。アップル社に対し、アメリカ議会は糾弾の公聴会を開きました。それに対してアップル社側は「法的には何の問題もない」と反論しました。それはそうなのですが、ここに資本主義の大問題があるのです。ちなみにグローバル企業全体により回避された税金は、世界全体で総額24兆円に上ると言います。

 2)途上国への損害賠償請求:グローバル企業が途上国に投資して共同で事業を行う時、ISD条項というのがあります。「相手国の対応によって計画通りのビジネスができなかった場合は、相手国が責任を負う」というものです。南米エクアドルでは、アメリカ石油会社による損害賠償請求が国家予算の3分の1にも達するとか。さらに、他企業の分も合わせると国家予算の半分にもなるというのです。資本主義のルールが国家を破滅してしまうのです。エクアドルの政府職員の言葉「市民にこれだけの損害を与えてまでお金が欲しいのはどうしてなの」は、まさに「発展しなければならない」という国家の資本主義的基本方針に対する深刻な疑問ですね。外国企業を導入する以前には、人々は貧しいながらも安定した生活を送っていたのです。
 
 資産2300億円のアメリカの大富豪は「アメリカはチャンスの国です。一生懸命に努力すれば豊かになれる。貧しい人達は努力を怠っているのだ」と言っていました。まさに古い資本主義自由思想ですね。しかし、それは「能力のある人」だけに当てはまり、大部分を占める一般大衆にはとても無理です。そして、富裕層は政治団体に多額の献金をしています。「私たちは政治家に要求することはない。しかし、献金された政治家は私たちを忘れないはずだ」と言うのです。ある経済学者は「過去30年間に採択された政策の45%は富裕層の主張だ」と言っています。格差が広がるのは当然すぎるのです。

 このように、もはや国家はグローバル企業をコントロールできない事態になったのです。

 一方、格差を縮めようと革命を起こした社会主義国家ソ連は1991年に破綻しました。富を平均化し、富の個人所有を認めないようにすると、人々の働く意欲が下がってしまうのです。ここに大きなジレンマがあるのです。

 重要なことは、このような格差が広がったことが、人々に将来に対する不安を抱かせ、簡単に国粋主義者に替えてしまうことだと言います。「難民流入は私たちの仕事を奪う」との主張の裏にはこのような国民の「いらだち」があるというのです。一方、「人々がIS(イスラム過激派)に走るのは、お金をくれるからであり、他に収入の道がないからだ」という当事国の人々の言葉には無視できない者がありますね。

 資本主義は限界に達し、社会主義もダメでした。ではどうしたらいいのか。これが大きな課題なのです。番組では最後に「価値観の改革が必要だ。しかし、それが何かはわからない」と言っていました。

 筆者はこの新しい価値観こそ、東洋思想の再認識だと考えています。

資本主義の行き詰まり‐東洋思想は世界を救う(2)

  資本主義の失敗に対する対する国家のてこ入れ

 1929年に始まったアメリカ大恐慌は、政府によるニューデイール政策(公共事業)で切り抜けました。リーマンショックも政府投融資で打開しました。このように、今までは資本主義の失敗は国家によるテコ入れで解消できていたのです。これがアダムスミスの言う「見えざる手」なのですね。しかし、最近では、極限まで金利を下げても、停滞から抜け出せないのです。資本主義はもうどうしようもないところまで来ているのです。
 そのため、「人類の繁栄の終わり」とか、「資本主義の歴史的転換点だ」とか、「資本主義が役目を終わった」、「人類が一度も経験したことのない事態」と言う経済学者も出てきました。つまり、植民地や金融空間に代わるフロンテイアは残されていないと言うのです。

 番組では、「このように限界に達した資本主義の問題を解決する試みはないではない」と言います。たとえば、シェアリングエコノミクスがあると。アメリカに本拠を置く配車サービスのウーバー社の業績は、GMやフォードのそれを超えたと言います。
 一方、フランスではエアビーアンドビー社が斡旋し、自宅の空き部屋を貸すシェアリングビジネスが急成長しました。サービスを受けた人は、わずか7年で2万人から1億人と急速に増加し、同社は8年で3兆円の時価総額となったと言います。さらに、オランダでは新しい経済形態が発達しつつあると。すなわち、各家庭がそれぞれモノを買うという、これまでの経済方式とは異なり、家庭同士で品物を無償で貸し借りしたり、料理を少し多めに作り、他の人に材料費だけで分けることも行われているそうです。経済学者ジレミー・リフキン氏は、「2050年には、これら共有型経済と資本主義が並び立つ」と言います。

 一方、アメリカでは、元資産運用会社の重役として、巨額の富を得ていたモリス・パール氏は、その仕事に疑問を感じて退職し、「国を愛するミリオネアーズ(億万長者でしょう」という団体を立ち上げました。1)自分たち富裕層への増税と、2)最低賃金のアップを掲げて活動し、賛同者も増えていると言います。

 スペインの人口3000のある村では、「衣食住については一切ビジネスの対象としない」と決めているそうです。土地の個人所有を認めないで、村が管理して住民に提供する。食物は村営の農場で作って住民に安く提供する。残った食べ物は村の工場で付加価値の高い製品として国内外に販売すると言うのです。このやり方は、資本主義における国のあり方に一石を投じるものとして世界から注目されているのです。

 しかし、少し考えれば、こういったやり方が問題解決にはならないことはすぐわかります。たとえば、配車サービスが広まれば、タクシー会社に深刻なしわ寄せが来るのは眼に見えていますね。民泊施設(一般住宅)に取り巻かれたパリのある老舗ホテルの経営者は「悪魔が来た」と言っています。もちろんその人は、資本主義の恩恵を受けた富豪などではありません。
 家庭同士の品物の貸し借りは結構ですが、それが国レベルまで拡大すれば小売業には大打撃でしょう。いまお話した「国を愛するミリオネアーズ」の活動には多くの議員が反対しているとか。また、スペインのあの村のような「衣食住については一切ビジネスの対象としない」政策を世界でどこまで受け入れられるか疑問ですね。経済学者ヨーゼフ・シュンペーターは「新たな経済が旧来の経済を駆逐する、創造的破壊が避けられない」と言っているのです。

 はたしてAI(人工知能)は新たなフロンテイアになるでしょうか。じつは逆です。工場労働のかなりの部分が、自動制御されたロボットに置き換わっています。パソコンソフトの急速な発達は、素人でも熟練した会計士のような会計処理ができるようになっています。つまり、ブルーカラー、ホワイトカラーを問わずに専門職が奪われていくでしょう。

 つまり、これらの方式が第3のフロンテイアになるのかどうか、不安が残るのです。どれ一つ資本主義の根本問題を解決するとは思えないのです。

 番組で司会者の爆笑問題の太田さんが最後に言っていた「人間の価値観を変えるしかない」は、重みがありますね。ただ、残念ながらその内容については全く触れられていませんでした。

 筆者はそれこそ禅の思想だと思うのです。次回はそれについて筆者の考えをお話します。
 
資本主義の行き詰まり(3)禅による価値観の変換(i)

 世界の富豪62人の総資産が、貧しい人々36億人のそれと同じであること、イギリスではヤングホームレスが78万人もいること、経済大国と言われるアメリカでは、7人に1人が貧困であること・・・経済格差は極端にまで大きくなりました。

 前回お話したNHKスペシャル「マネーワールド」の結論として、「人間の価値観の転換が必要ではないか」と言っていました。筆者も同感です。しかし番組ではその「新しい価値観」がどんなものなのかについては、触れられていませんでした。筆者は、それこそ東洋思想‐中でも禅だと思っています。以下、その理由についてお話します。

 禅では貧富、優劣、利害、得失、善と悪など、一切の比較を否定します。それどころか「悟りと迷い」の概念さえ否定します。人間が頭で考えた価値の判断を嫌うのです。「もっと豊かにとか、もっと便利に」などという資本主義の基本思想など初めからないのです。昨今の、世界各地での紛争の原因である、宗教(じつは宗派)の対立など、禅の思想からはありえないことです。
 さらに、「〇〇は□□である」というような概念の固定化も嫌います。これらはともに禅の目的である「悟り」、すなわち、「心の平安」の障りになるからです・・・と、ここまではどの禅の教科書にも書いてあります。しかし、「それはそうだろうが、今一つピンと来ない」というのが多くの人の感想ではないでしょうか。

 では、なぜ禅では比較が否定されるのでしょうか。それは「空」の概念が基本だからです。もう一度「空」の概念をまとめますと、「私があってモノを見る」という、ごく普通のモノゴトの見かたとは異なり、「私がモノを見るという一瞬の体験こそ真相だ」というモノゴトの観かたです。一瞬の体験には一切の判断はありません。禅でよく言う「鳴らぬ前の鐘を聞け」とはこのことです。「アッ鐘の音だ」と判断してしまったら、もう「一瞬」は通り過ぎているのです。つまり、「一瞬体験」には一切の価値判断が伴わないのは当然ですね。禅に価値の比較などあるはずがありません。

 「〇〇は□□である」というような概念の固定化についても、同じことです。「絶対」などあり得ないのです。たとえば、「アメリカは間違っている。社会主義は絶対である」と考え、あの60年安保を「戦った」誰が、ソ連の崩壊を想像したでしょうか。あの時ソ連はデフォルト、つまり債務不履行という経済破たんが起こったということを。そして今は、勝ったはずの資本主義が、どうしようもないところに来ているのです。
 禅が概念の固定化を嫌うのは、やはり「空」思想に合わないからです。「空」思想で言う「一瞬の体験」には概念の固定化などないのです。概念など、常に移り行くのです(註1)。「限りなくゼロに近い一瞬の体験の連続」、これが禅で言う人生なのです。

 現代人が持つ「もっともっと豊かで便利な生活がしたい」という欲望が幻想であることはすぐにわかります。私たちは限られた資源(空気も水さえ)しかない宇宙船地球号(名言ですね)に乗って宇宙を旅しているのですから。今の世の風潮を見ていますと「ねずみ講」を連想します。無限連鎖などあるはずがありませんね。有限ならばまず社会の格差が広がり、やがて破綻するのは当然です。

 価値観の転換しか将来はないのです。それが東洋思想、ことに禅であることは、お分かりいただけたでしょうか。「なんとまだるっこしい」と言わないでください。資本主義は250年かけて現在の姿になりました。東洋思想の価値が世界の人々に浸透するのに、50年や100年などなんでしょう。

 わかった人から頭を切り替えて行けばいいのです。「私がいてモノを見る」という見かたから、「モノを見るという体験こそが真実だ」と頭を切り替えることが、悟りの第一段階なのです。筆者の敬愛する良寛さんは、あの道元以来の禅の達人です。その良寛さんは、「貧しいけど心豊かな人生」を体現して見せてくれたのです。当時の人の中には、いや現代でも、良寛さんを「変わった人」と思う人は少なくないと思います。しかし、私たちはもっと良寛さんの人生を味わってみるべきではないでしょうか。

「太鼓の音に足の合わぬものを咎めるな。その人は別の太鼓に聞き入っているのかも知れぬ」(H.D.ソロー)。

 私たちは早く別の太鼓に耳を傾けるべきではないでしょうか。
 
 次回は、禅のどこが「空」思想や、「概念の固定化の否定」を表わしているかを、公案を例にしてお話します。

註1この「常に変化する」はよく言われる「縁起の思想」とは違います。つまり、龍樹(ナーガールジュナ)の「空」思想とも違うのです。それについてはいずれお話します。

資本主義の行き詰まり(4)禅による価値観の変換(ii)

麻三斤・趙州狗子

「資本主義の行き詰まり‐東洋思想は世界を救う」のシリーズで、禅の思想の基本の一つに、「概念の固定化の否定がある」とお話しました。今回はその根拠を有名な公案、麻三斤趙州狗子を例として説明します。
 
麻三斤は、「無門関」第十八則にある洞山守初(910-990、宋の禅師)の公案です。

 問い:如何是仏(仏とは何か)
  (洞山はちょうど扱っていた麻の束を取り上げて、) 
 洞山:麻三斤

と答えたのです。麻三斤は公案の中でも特に重要で、たくさんの解釈があります。
1)小川隆さん(駒沢大学教授)さんの解釈:
 ・・・三斤の麻で作られた衣で覆われた人間の心。即心是仏のこと・・・
2)Aさんの解釈:
 ・・・もちろん、このことの本質は、“麻”にあるのではありません。本質は、洞山禅師がすくい上げて示した“麻”が、一切世界を極め尽くしていることにあるのです。この“一掴みの麻”が、全てを永遠のものとし、“仏性”の輝きを放っていることにあるのです・・・
3)Bさんの解釈:
 ・・・重さ三斤の麻があれば、僧侶のお袈裟一着が作られる。仏とはお袈裟を着ているおまえ自身であり、おまえを離れては存在しない。南方に竹が、北方には木が多いのは自然本来真実の姿であり、おまえにはおまえの仏としての形があり、他の者も同様だ・・・
4)HP「世界宗教用語大辞典」では、
 ・・・心眼を開けばどんなものにでも仏を見ることができる・・・
5)Cさんの解釈:
 ・・・たとえ大地を叩く槌(つち)が、うっかり外れることがあったとしても、仏から外れる存在はこの宇宙に一つもないと悟ってきた仏教である。仏は無量無辺で永遠なのだ・・・洞山和尚は、その事実を、目前に投げ出して見せた。行こうと思えば歩き、止まろうと思えば止まる。疲れたら休み、楽しければ喜び、悲しければ涙する。赤色は赤と見て、白色は白と見る。決して外れることがない。仏の自由性が、見事に露にされているのだ・・・

とじつにさまざまなのです。

筆者の解釈:筆者はこれこそ、禅では概念の固定化を嫌うことの例証だと思います。「仏とはなにか」と聞かれて、どんな答えを出しても限定的でしょう。第一、仏など定義できるものではないのですから。洞山禅師は「バカなことを聞くな」と、質問を切り捨てたのだと思います。
 よく考えれば、どんな思想でも概念でも、時代とともに、そして国情より変化するものです。たとえばことわざには、しばしば反対の意味のものがあります。
 「三人寄れば文殊の知恵」⇔「船頭多くして船、山に上る」
 「瓜のつるになすびはならぬ」⇔「とびが鷹を生む」
がありますね。誰も「矛盾だ」とは思わないのは、双方とも説得力があるからでしょう。一方、国境など歴史的にしょっちゅう変わっていました。絶対だと思われていた社会主義国家ソ連は経済破破綻し、永遠に続くかと思われて来た資本主義も現在重要な曲がり角に立っています。

趙州狗子

 についても同じことです。「無門関」第一則にある公案です。趙州が、「狗子(くす)に還(かえ)って仏性有りや」 (犬にも仏としての本性がありますか)との修行僧の問いに対し、一方では「無」、他方(「従容録」第十八則)では「有」と正反対の答えを言ったのは、「犬に仏性がある」と言っても概念の固定化になりますし、「ない」と言っても固定化になるのです(問答の内容はなんでもいいのです)。

 「固定観念」という言葉がありますように、人間は一度「そうだ」と思ったら、容易なことでは抜け出せないものです。それが「こだわりの原因となり、悟りの障害になる」と趙州は警告しているのです。

資本主義の限界(5)- 禅による価値観の変換(iii)

拈華微笑・庭前柏樹

 「公案には「空」の思想を伝えるためのモノもある」とお話しました。今回はその例をご紹介します。

 拈華微笑(ねんげみしょう)

「無門関」第六則にある公案です
 世尊、昔、霊山会上(りょうぜんえじょう)に在って花を拈じて衆に示す。是の時、衆皆な黙然(もくねん)たり。唯だ迦葉(かしょう)尊者のみ 破顔微笑(はがんみしょう)す・・・

つまり、霊鷲山上で釈尊が黙って花をかざしてみたところ、僧たちはその意味がわからなかった。ただ、迦葉尊者だけがその意味を理解してにっこりと笑った。釈尊は「ああ、この男はわかったな」と思い、迦葉に禅の法門を伝えたと言うのです。
 これも有名な公案ですから、多くの解釈がなされています。たとえば、
1)言葉を使わず、心から心へ伝えること。
2)以心伝心で法を体得する妙を示すときの語
3)真理は文字では表現しにくく、言葉は解釈する人や時代によって変わってしまうこともあるため、経典に書かれた教えだけでは伝えることが出来ないと考え、文字や言葉によらず心から心に伝わる“いま、その時”のとらわれない、縛られない真の教えを師から弟子へ、または日々の修練で体験・体得していくことを大切にしています・・・
というものです。出典は「大梵天王問仏決疑経」だと言われていますが、禅を権威づけるために中国で創作された偽経だとも言われています。第一、釈尊がそんな芝居じみたことをされるはずがありませんね。ただ、この公案は、禅の要諦である、「不立文字(文字では表わせない)」や、「教外別伝(教えとは別)」とか、「直指人心(師匠から弟子の心に直接伝える)」とよく合うために、しばしば引用されるのだと思います。
筆者の解釈:釈尊が花を差し出した時、みんなが「パッ」と見た。それが「空」の思想で言う「体験」です。迦葉はその意味をわかったのです。

庭前柏樹(ていぜんはくじゅ)

 以前、このブログシリーズでお話した「無門関」第三十七則にある公案です。すなわち、

 僧、趙州に問う「如何なるかな是れ祖師西来意」
 州曰く、「庭前の柏樹子」
「達磨大師がインドからはるばる中国へ来られた真意とは何か」と尋ねたのに対して、趙州和尚は、「あの庭の前にあるコノテガシワの木じゃ」と答えたというやりとりですね。

さまざまな解釈がありますが、前にお話ししたように、筆者は「あの柏の木田」と言われて修行僧が思わず見た「体験」、つまり「空」思想なのです。
つまり、達磨大師が伝えたのは、「空」という新しいモノゴトの観かたがあるのだと言っているのです。

資本主義の行き詰まり(6)禅による価値観の変換(iv)私の良寛さん(1)

 今回のブログシリーズのまとめは「良寛さんの生き方」にする予定でした。ちょうど先日のNHK「こころの時代」で、アートデイレクター北川フラムさんの「私にとっての良寛」を放送していました。良寛さんの受け止め方は、人さまざまであってよいと思いますが、あまりに独自であれば、事実から離れ、良寛さんの生き方が誤って伝えられる恐れがあります。そこで今回は、この番組の内容と対比しつつお話します。

 なんでも北川さんのお父さん省一さんは良寛研究家だったとか。それゆえまずお父さんの「私にとっての良寛」についてご紹介します。北川省一さんは、マルクス・レーニン主義に共感し、農民運動や労働運動の活動家として、活躍していました。しかし、共産党の方針に反対したため除名され、その後次々に起こした事業にも失敗し、どん底の状態にあった時、良寛さんに出会い、救われたそうです。その理由は「良寛は、社会の矛盾に怒る人生だったが、最終的にはそれを乗り越え、『世の中の人々を助けよう』と越後に帰り、村の人々や子供たちを分け隔てなく愛する境地になったところだ」だと言います。労働運動に挫折した省一さんは、「良寛さんのように民衆の中に入り、彼らと親しく付き合いながら世の中を改革することを運動の原点にすればいいのだ」と、自分と重ね合わせたのでしょう。

 しかし、この判断は2重に良寛さんの人となりを誤解しています。その前に、息子さんのフラムさん自身の「私にとっての良寛」についてもご紹介します。フラムさんは、新潟県や瀬戸内海の過疎の村で、芸術活動を通じて、捨てられて行く村を活性化しようとしている人です。基本的な考えは「人間はすべて平等である。個性の違いはしばしば能力のちがいとされ、疎外される。それではいけない。忘れられていく村にも価値がある。それを世の中にアッピールしよう」とする運動です。フラムさんも「(父の影響を受けて)良寛さんに共感した」と言っています。次回もう一度言いますが、息子さんのフラムさんが、アナウンサーの「フラムさんの活動と良寛さんとはどう結びつくのですか」との質問に対し、「結び付いてほしい。そうでなければ困る」と言っていました。それでは良寛さんの生き方を参考にするのではなく、良寛さんを自分の思想に合わせることになり、本末転倒は明らかです。

 まず父の省一さんが言うような、良寛さんが「世の中の人々を助けよう」としたことはありません。良寛さんが若い時、世の中の不条理さを知り苦しんだのは事実です。庄屋の跡継ぎとして農民たちとの確執に悩んだこともあり、それが出家のキッカケになったのは間違いないでしょう。しかし、それは18歳までのことです。そして備中玉島の曹洞宗圓通寺で、厳しい修行をしました。そしてそれを見事にやり遂げ、印可(免許)を得たのです。18歳までの社会の矛盾についての苦しみなど、とうに忘れていたと思います。
 この印可により、しかるべき寺の住職にもなれるはずでした。しかし、それを放棄し、修行の旅に出ました。その後の10年間の消息はわかりません。印可を受ける少し前に、道元の「正法眼蔵」の講義を受けて感動したことは、その詩から明らかです。しかし、寺の住職になってその立場に安住し、真摯な修行を忘れてしまった、当時の先輩僧たちに絶望したのです。そしてすぐれた師を求めて修行の旅に出たのでしょう。つまり、良寛さんが絶望したのは、道元の思想とはかけ離れた、当時の僧たちの堕落振りなのです。じっさいにそのことを謳った詩も残っています。筆者抄訳で示しますと、
・・・今どきの僧侶を見てみると、ろくに修行もしないで、朝から晩まで無駄口を叩き、仏法がわかったように大言壮語する。剃髪し、僧衣を着て、俗世の恩愛との縁を断ち切ったときの決意はなんだったのか。俗世の人達は、食べるためには田畑を耕し、着るためには衣服を織っているのに、釈尊の弟子と称し、したり顔して田舎の老婆を騙すばかり。悟りを求めるための修行もしない。なのに名利を求めるばかり・・・
(以下略)

後年の良寛さんの立ち居振る舞いや言葉からは想像もできないような、当時の僧達への激しい糾弾ですね。

北側省一さんやフラムさんのような解釈をしていては、良寛さんの心などわかるはずがないではないですか。

資本主義の行き詰まり(7)禅による価値観の変換(v)私の良寛さん(2)

 良寛さんは(筆者は北川フラムさんのように呼び捨てにすることなどとてもできません。あの傲慢不遜と言われた北大路魯山人でさえ、良寛さんの書に傾倒し、「良寛さま」と言っているほどです)。

 良寛さんは備中玉島の圓通寺で認可を受けたあと、さまざまな高名な僧侶を訪ねたり、思索のための旅に出ました。そして結局10年後、故郷越後に帰り、「飯を乞う(乞食ですね)」孤高の生活に入ったのです。決して世の中のために尽くそうとしたのではないはずです。不条理と戦うより不条理とは決別したのだと思います。その結果、必然的に生じた孤独や貧しい生活に耐え忍ぶ人生の方を選んだのです。子供たちや村人との温かい付き合いは、その後のことなのです。
 
 北川省一さんの言う、「良寛は、社会の矛盾に怒る人生だったが、最終的にはそれを乗り越え、『世の中の人々を助けよう』と越後に帰り、村の人々や子供たちを分け隔てなく愛する境地になったところだ」が誤解であることがおわかりいただけたでしょう。それは北川さんにとって都合のいい解釈に過ぎないと思います。通りがかりの百姓から「遊んでばかりいて」と言われても「これが私です」とつぶやいたこと。放浪中、漁師小屋の失火犯と間違われて殴られた時、それを見た知り合いに助けられたことがあります。「どうして反論しなかったのですか」と聞かれ、「言っても仕方がない」と答えたと。これらが寛容さからであるはずがありませんね。「私には関わりのないことだ」と避けたに違いないではないですか。

 良寛さんは、禅の心、すなわち「正法眼蔵」の精神を体現する人生を送ろうとしたのだと思います。そのためには家族がいないことの寂しさや、雪であろうと雨風であろうと、ひたすら最低の食物を得なければならない苦労も耐え忍んだのです。もちろん、地位や名誉など初めから念慮にありません。なによりもその生き方が、心の自由を得るために受け入れなければならないことだったからです。禅の心とは心の自由ですから。子供たちや純朴な村人、そして良寛さんのうわさを聞いて近付いて来た文化人たちを受け入れ、対等に付き合ったのは、この人たちは、自分の心の自由を乱すものではなかったからでしょう。少しでも理想とは合わない人たちは避けたのだと思います。家庭を持つことは大きな喜びですが、耐え忍ばなければならいないこともあります。良寛さんはそれさえ捨てたのです。そしてそのため生じる孤独には甘んじたのです。もちろん良寛さんは深い人間愛を持った人です。それは詩からもわかります。禅をきわめた人なら、人間に対する限りない愛情を持つのは当然です。禅を学べば学ぶほど、徹底的な人間肯定が背景にあることがわかります。

 資本主義社会は競争原理によって動いています。長時間労働による過労死や自死の痛ましいニュースをよく聞きます。受験戦争や就職戦争・・・競争原理の社会には心のゆとりも自由さもほとんどないでしょう。人間性といかにかけ離れた社会かを思い知らされます。それに引き換え、禅を体現した良寛さんの、豊かで自由な人生に想いを馳せると、筆者は心から「ホッ」とするのです。
 今こそ世界の人々が資本主義や社会主義の限界を知って東洋思想のすばらしさに目覚め、価値観を大きく転換しなければならないのです。それをしなければ人間の未来はないと思います。この先50年かかろうと100年かかろうと、成し遂げなければならないのです。これこそ、この番組で爆笑問題の太田さんがふと漏らした、「日本伝統の価値観」なのだと思うのです。

 これが筆者の「私の良寛さん」です。いかがでしょうか。

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