何のために生きる?(1,2)

何のために生きる?(1)

 オーム真理教の広瀬健一元死刑囚は、2018年7月、麻原とともに処刑された7人のうちの一人です。広瀬は、早稲田大学理工学部・修士課程を修了した優秀な人でしたが、麻原強い圧力によって入信し、オーム科学庁のトップとして自動小銃などの製造を行いました。サリン事件では、地下鉄丸の内線でサリンを散布し、1人を殺害、358人に重傷を負わせました。彼は逮捕後、オームを脱会し、自分のしたことを深く反省し、いくつかの手記をを残しました。今回ご紹介するのはその一つ、ある大学で、新入生に「カルト対策講座」が開かれるに当たって、「私のようにはなるな」との思いを込めてつづったものです。「皆さまは『生きるとは何か』の問いが胸に浮かんだことはありますか」で始まり、「私は地下鉄サリン事件の実行犯として、被害関係者の皆さまを筆舌に尽くしがたい惨苦にあわせてしまいました・・・贖罪はいかなる刑に服そうとかなわないと思います・・・」と続きます。
 
 広瀬は高校生のころから、「生きるとは何か」を考え続けた、誠実でひたむきな青年だったのです。今、生きる意味など考える若者がどれだけいるでしょうか。ところがまことに不運にも、広瀬のその真摯な問いに麻原が回答を与えてしまったのです。言うまでもなく、麻原の「教義」は、人の死などなんとも思わない、きわめて独善的なものでした。しかし、不幸なことに麻原の「回答」は、広瀬の心をからめとったのですね。筆者は59ページにおよぶ手記を読んでいるうち、「なぜこのような好青年があのような大罪を犯してしまったのか」と、やりきれない思いにとらわれました。ジャーナリストの江川紹子さんが「麻原だけを処刑すべきだった。洗脳した麻原と、洗脳されてしまった他の12人とは、罪の重さに天と地との開きがある」と言っていました。筆者もその通りと思います。

 何のために生きる?(2)

 これは、宗教の大きな課題の一つでもあります。筆者も必死なって、一つでもこの問題で悩んでいる人たちの琴線に触れる「教え」がないものかと、このブログシリーズを書き続けています。しかし、それは簡単なことでないことも承知しています。「神がお造りになったあなたのの体です。おろそかにしてはいけません」・・・キリスト教の神父さんが言いそうです。でも、抽象的で、今一つ説得力に欠けるような気もします。

 最近、NHKテレビ「ドキュメント72時間・こころの温泉に集う人々」でとても貴重な場面を見ました。秋田県にあるこの温泉には末期ガンで余命宣告された人達が、最後の希望として集まります。放射性ラドンの噴出量が多く、それを吸うことが効くと言われているからです。高校時代の同級生とともに来ていたある女性(66歳、会社社長)は、「よく、なぜ生きるのかと言う人がありますが、生きるために生きるのです」と。末期ガンを宣告され、「明日はどうなるかわからない」人の言葉です。吹き抜けの桟敷のようなところで、寝袋に潜ったまま顔を隠してつぶやかれた言葉でした。

 それを聞いて「ハッ」としました。ほとんど絶望的な状況にある人の言葉ですから説得力がありますね。

前回、NHK「ドキュメント72時間・秋田・いのちの温泉に集う人々」で秋田県仙北郡の玉川温泉に、ガンで余命宣告を受けた人たちが集まって湯治する映像をご紹介しました。そのうちのエピソードを一つお話しましたが、その他の人々についても、ギリギリの状況で発せられた生の声を捨てるにはあまりにも惜しいので、追加させていただきます(註1)。

 口コミでかなり有名な場所らしく、秋田市内から車で3時間もかかる所ですが、毎年愛媛県から車を使い、道の駅で宿泊を重ねて来ている老夫婦など、多くの人が約一週間自炊しながら滞在しているようです。温泉というより、仮小屋で寝転んだり、噴出口の近くの道路に日傘をさしてお友達とだべったり・・・。岩盤浴、放射性ラドンを含む温泉の蒸気を吸う「療法」のようでした。72時間の間にさまざまな人たちとの対話です。

 ほとんどの人が末期ガンで、「医者から見放され、すがるような気持ちで来た。自宅に閉じこもっていてもしょうがないし(73歳食道ガンと膀胱癌)」。「何回も病院を移って、やっぱりウソではなかったと知り、毎日泣きました」(40代女性)。前述の、18年も愛媛県から玉川温泉へ通っているという70代の男性は、温泉の蒸気を吸い込みながら「喘息です(じつは肺ガン)」と言い、「お迎えが来たら素直に受け止めます」と言いつつ、「長生きしたい」と。「なんとか楽観的に」と思っても、状況は厳しい現実を直視せざるを得なくなってきたのですね。この男性夫婦は、2週間の予定で来たのに、体調が悪化し、途中で切り上げることになりました。「今回で最後とし、あとは自宅付近で療養を」と引き上げることに。多くの友人が見送りに来て、「来年も待っています」と口々に言われ、胸が迫った様子でした。この人は玉川温泉に18年も通っているとか。効き目があるという証拠かもしれませんね:筆者)
 神奈川県から夜通し車を走らせて来た(!)50代の女性は、「夫が50歳でガンになり、数か月で亡くなってしまいました。最後の数か月間を、もっと充実して過ごさせてあげたかった。こういうところがあると知っていれば一緒に来たかも。それを追体験したいと来ました」と。

 中でも印象的だったのが、仙台から来た50代の元銀行員でした。「卵巣ガンで余命宣告を受けました。息子と娘はすでに成人はしていますが、結婚して・・・のところまで見るのが親の仕事かなって・・・ここで一週間療養すれば、一ヶ月余分に生きられると思い、来ています。家では弱音ばっかり吐いていましたが、ここでは皆さん弱音吐いている人はいらっしゃらないんで・・・誰のために生きる・・・もちろん自分のためですが、家族のためでもあります・・・長生きすることが私の夢です」と言う、誠実そうなその人の言葉は胸に迫りました(この方はすでに2年間!ここに通っていらっしゃいます。14年間来ている人も。ゆったりと湯治していることがガンの進行を送らせているのかもしれません:筆者)。

 前にもお話したように、筆者のこのブログシリーズは、少しでも多くの皆さんの「生きるために生きる」力になっていただきたいと書き続けています。上記の体験談は、ギリギリの状況にある人たちの言葉ですから、強い説得力がありますね。

註1 NHK様 前回の放映がすでに2回目だったとか。再々放送があるとは思えませんので、どうか筆者の意図を汲んで、御許可ください。

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