神様はいらっしゃいます

神々の朝 これは、作曲家でエッセイストの團伊玖磨さん(1924‐2001)「パイプのけむり」に載っていた実話です。

 「おばさんは数年前にご主人を亡くしました」から始まります。「5年生の女の子、2年生と1年生の男の子が残されて、一時は途方にくれました」。おばさんは強度の近視で、普通の女の人のように針仕事で生計を立てることもできません。薦めてくれる人があって、指圧師の講習を受け、免許を取りました。「この子たちと私の生活が懸かっている」と、精魂込めて仕事をし、そのためだんだん近所の人たちに「指圧ならあの人に頼もう」と言われるようになりました。近くに温泉地があり、そこでも呼ばれているうちに、おばさんの誠実な仕事は評判を呼び、いくつかの旅館から「毎晩必ず来てください」と言われるようになりました。

 子供たちも「お母さんが働いてくれるから、私たちも生きていけるのだ」ということをよく理解し、夕食後、おばさんが働きに出てから、食事の後片付けや掃除をしました。女の子の同級生に眼鏡屋さんの子供がいることから、「お母さんにコンタクトレンズをプレゼントしよう」と思い立ち、子供たちはお小遣いを節約し、近所のお店の店番をするアルバイトをして、1年後にようやくお金がたまりました。眼鏡屋のおじさんに相談すると、「お前たちはとても良い子だ。おじさんにも協力させてくれ」と、格安の値段で売ってれることになりました。次の日おばさんが仕事に行く前に眼鏡屋さんに連れて行って、コンタクトレンズを買いました。おばさんは子供たちのやさしさが嬉しくて涙が止まりませんでした。おばさんは、それからは「子供たちと一緒に仕事をしているんだ」と思い、一層誠実にその人たちの疲れをもみほぐしました。

 おばさんの誠実な仕事ぶりがさらに評判を呼び、その日はあるホテルで3人の人を施療したので、夜遅くなりました。雨の中を暗い街灯のアスファルト道を歩いていますと、しばらく前の水道工事のための穴が十分ふさがっていないのに気が付かず、ひどく転んでしまいました。さらに悪いことにコンタクトレンズが二つともどこかへ飛んでしまったのです。「コンタクトレンズを無くしたことを子供たちが知ったらどんなに悲しむだろう」と、眼鏡を無くしてぼんやりした目で、雨の中暗いアスファルトの道を必死で探しました。1時間、2時間・・・見つかりません。おばさんは凍える手に息を吹きかけながら、さらに一所懸命に探しました。

 そのとき、「こんな夜更けに何をしていますか」と尋ねる人がありました。振り返ってみると、ぼんやりした人影が見えました。その言葉の優しい響きに、おばさんは一部始終を話しました。主人を無くして生活のために指圧をしていること。子供たちがコンタクトレンズを送ってくれたこと。それをいま無くしたので探していること・・・。その紳士は「それはお困りでしょう。僕も一緒に探します」と。さらに1時間、そして2時間、紳士も這いつくばってレンズ探してくれました。やがて東の空が白みかけてきたころ、「ありました!」と紳士が。道の反対側にまで飛んでいたのです。そしてさらにしばらくたって、「またありました」と弾んだ紳士の声。おばさんは紳士に涙ながらに心からお礼を言いました。

 コンタクトレンズをはめて見たおばさんは、白髪の紳士が明け始めた朝の光の中を静かに遠ざかって行くのが見えました。その時おばさんは「ハッ」と気づきました。「あの人は神様に違いない」と。

 團さんがおばさんに肩をもみほぐしてもらいながら聞いた話です。團さんも「私もそう思う」と。筆者も、あの紳士は神だったと思います。おばさんは神の心を持つ人ですね。神の心を持つ人が神と出会ったのです。

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