臨床宗教師について(2)その不安

臨床宗教師について(2)その不安

 筆者は、ときどき「臨床宗教師になりたいと思います。研修はどんなものか教えてください」というメールをいただきます。先日、ご返事したものをご紹介しますと、

 ・・・メール拝読しました。臨床宗教師研修は、東北大学、龍谷大学、高野山大学、大谷大学などで開催されています。東北大学だけが年に何回か、いわゆる短期研修の形で行われています。あとの大学では大学院の課程として行われていますので、入学しなければなりません。あなたのご希望によれば東北大学のコースが適当と思われます。全国臨床宗教師協会事務局(連絡先:)へお問い合わせください。そのほかにキリスト教系のグリーフケア(悲嘆)アドバイザー研修制度、および上智大学グリーフケア人材養成講座があります。これらも大学院のコースではありませんので、あなたのご希望に沿うと思われます(連絡先:)
 
 臨床宗教師とは、終末期の患者さんの死の恐怖を軽くするためのカウンセリングです。キリスト教ではチャンプレン、仏教ではビハーラ僧とも呼びます。とても重要な役目で、筆者もますます発展していただきたいと思っています。ただ、筆者には、次の点でまだまだ大きな不安があります。

 第一に「お金はだれが出すか」です。上記のメールの方は現在介護士として働いておられるそうで、臨床宗教師になっても、当然生活が保障されなければならないでしょう。キリスト教系の団体では、古くから信者の金銭的奉仕の精神が広く行き渡っていますから、それによる援助の可能性は高いでしょう。一方、仏教系ではどうでしょうか。筆者の知るかぎり、ビハーラ僧を制度として雇い、給料を出している病院はただ一つです。上記の東北大学の臨床宗教師研修制度の修了生は2016年までに約140名ですが、担当の先生に直接聞いたところ、大部分の人は給料をいただけるような組織には属していないとのことです。つまり、すでにどこかの寺院の住職として生活の保障をされている人以外は、活動するとすればボランテイアとしてなのです。筆者が知っている数少ない終末カウンセリングの成功例は、僧侶として生活の基盤を持っている人と、キリスト教系大学の先生です。
 そもそも、心という重要な問題について、原理的に短期研修では無理ではないでしょうか。たしかに研修が終わった後も何回かフォローアップ研修が行われていますが、それでも、どうしても付け焼刃になってしまうような気がします。

 一方、介護士制度は、ご存知のように、国民が一定額の介護保険料を出し、それに基づく国の正式な制度です。現在、私たちは医療保険とともに介護保険料を払っています。とくに後期高齢者保険料は高額です。関係機関では、将来、臨床宗教師が国の正式な資格となることを目指しているいるとのことです。しかし、それが認められたとしても、国民が「終末期カウンセリング保険」制度まで受け入れるかどうかです。そもそも介護活動は、食事を作ったりや買い物など、一日も欠かすことのできない実務です。それゆえ、国民のだれもが納得しやすいでしょう。一方、終末期カウンセリングは、さまざまな人の心の問題だけなのです。そういういわばソフトのサービスに対して国民は保険料を払わおうとするでしょうか。つまり、はたして制度として納得するかどうかです。 いわんや個人的に謝礼を払える人などごくわずかでしょう

 第二に、講師の側、つまり、今のわが国の仏教僧たちには終末期カウンセリングの実務経験はほとんどないはずです。当ブログシリーズで何度も取り上げてきましたように、その宗教的素養についても不安があります。東日本大震災のあと、わが国の代表的仏教宗派から多くの僧侶が現地に派遣され、遺族の声に耳を傾けよう(傾聴)としました。しかし、「全く無力だった」と涙ながらに挫折を告白していた、見るからに誠実そうな僧侶もいたことを知らねばなりません。仮設住宅の扉に「傾聴お断り」の張り紙をされたところもありました。「ビハーラ僧は病院へ来るな」という声もあるのです。たしかに、葬式のイメージのある僧衣を着て、死の予感におびえる人たちの病棟を歩き回られたら、たまったものではないでしょう。研修を受けて終末期の患者さんのところへ何度か行っても、結局最後まで宗教的なことは何も話せず、ただ、よもやま話だけをして終わった僧侶もいます。

 日本人の大部分は仏教徒ですが、事実上は無宗教であることはよく言われていますね。いったい、いままで無宗教だった人に、はたしてカウンセリングができるのかどうか危ぶまれるのです。上記の東北大学の研修では、仏教の僧侶のみならずキリスト教の神父(牧師)さんや神道の宮司さんも講師となっています。形の上でも仏教徒であった人、キリスト教徒、無宗教の人たちも対象になることを想定しているからでしょう。しかし、多様な終末期患者に対して掛け持ちで(そうしない金銭的な保証が得られない)カウンセリングなどできるのでしょうか。ある終末期の患者さんが「今まで宗教など信じていなかったのに、この期に及んで宗教的カウンセリングを受けるのは・・・」と正直に言っていました。

 もちろん筆者は、これからの臨床宗教師やチャプレンの活躍を心から願っています。そして上で紹介した「臨床宗教師になりたい」と言う人たちに「情報提供などについて、できる限りお役に立ちたい」と返事しました。しかし、ブログを読んでいただいたことが臨床宗教師になりたいとのきっかけになったとすれば、筆者にも責任が生じます。上記の筆者の感想をお考えの上、すでにこれらの研修を修了した人たちの意見も聞いてから参加を決断されることをお勧めします。

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