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霊は存在する(3)ー小林秀雄の考え方(1,2)

科学的に証明されない事実はいくらでもある‐小林秀雄の講演から(1)

 小林秀雄(1902-1983)は思想家、「本居宣長」「志賀直哉」などの著者。小林はある講演会で、ロンドン心霊学界大会で行ったH.L.ベルクソン(1859-1941フランスの哲学者)の講演を引用して、人の霊的体験について言及しています。あるフランス夫人が、「大戦中、夫が戦死する場面をありありと夢に見ました。その時集まって来た兵士たちの顔もはっきりと印象に残っています。後で夫の戦死を知らせてくれた人が、まさに夢で見た兵士でした」。その話をベルクソンとともに聞いたフランスの有名な学者で医師が、「その体験は本当だと信じたい。しかし、そういう体験には事実に反するケースも多いだろう。なぜ正しくない話を放っておいて、偶然当った方だけ取り上げるのか」。それを聞いた若い女性が「わたしは先生の考えはまちがっていると思います」と言い、ベルクソンも「そのとおりだ」と思った。

 小林は、「ベルクソンの言うとおりです。聴衆諸君は、現代の科学者がどれだけ自分の学問の方法に捉われているかに注意しなければいけない。かれらは人間の正しい経験に目をつぶってしまうのです。彼らはその夫人の具体的経験を抽象的問題に置き換えてしまう。その経験を正しいか、正しくないかの問題にしてしまう。夫人は問題を話したのではない経験的事実を話したのです。ほんとうか嘘かの問題ではない。主観的か客観的かは考えていない。婦人は自分の経験を話したのです。経験というものは昔からあった。しかし科学は合理的経験のみを取り上げた。定量できる経験のみに絞ったのです。それは私たちの経験とはまったく違うのです。私たちの経験には感情やイマジネーションや道徳的な部分もある。」と言っていました。そして「近代科学は、成立してからわずか300‐400年くらいしか経っていない。近代科学では、証明されることだけに絞って積み上げ、発展してきた。その結果人類は月へでも行けるようになった。しかし、証明されてはいない事実もいくらでもあるはず。それを無視してはいけない。聴衆諸君は近代科学の方法論に毒されてはいけない」と言っています。

 筆者もそのとおりだと思います。これまで筆者自身の実体験も含めて、多くの人の霊的体験についてお話してきました。それらは、科学的には証明できないものばかりです。しかし、まぎれもない実体験なのです。いつも言いますように、長年生命科学者として生きて来た筆者が言うのです。

 小林はさらに、「人間の精神を脳の神経活動として説明しようとする科学分野があります。しかし、それは不可能です。精神は神経活動とは別なのです。つまり、魂は肉体が滅んでも残る」と、ベルグソンのその後の長い研究を引用して結論しています。筆者は以前、「死後の世界はあるか。魂はあるか」についてのNHKテレビの番組で、近代脳科学の最先端についての報告を視聴したことがあります。それを見て筆者が思ったのは、人間の精神は脳の神経活動で説明できるとする科学者たちは、神経活動と、精神や魂とをごっちゃにしているということです。

 そして小林は、以前日筆者が紹介した、民俗学者柳田国男のことを話しています。柳田国男(1875-1962)は、いわゆる霊的体質があり、少年のとき強烈な神秘体験した。すなわち、知人の祖母の霊魂に触れたと言います。不思議なことに真昼なのに空にはたくさんの星が見え、それは柳田少年の天文学の知識にはない星座だった、と言うのです。「あのとき空で鵯(ひよ)がピーッと鳴いたので「ハッ」と我に返った。それがなければ発狂していただろう」と言っています。小林は、「柳田がその後民俗学に取り組むようになったのはこの霊的経験があるからです。柳田の民俗学は科学ではありません。しかしまぎれもなく学問なのです。『バカバカしいお話ならいくらでも知っていますよ』という柳田の言葉は、まさにそのことを言っているのです。柳田の弟子たちの書くものにはすぐれた作品がないのは、柳田のような霊的体質がないからです」と。

 筆者もそのとおりだと思います。「科学的に証明されていないことは信じない」という言葉を聞くたびに苦笑しています。

小林秀雄の考え方(2)

 前回に引き続いて、小林秀雄の思想についてお話します。小林はモノゴトの見かたについても話しています。思想家として当然ですが、まあお聞きください。小林は「(モノというものはなく)見たり聞いたりする直接の経験こそが実在ではないか」と言っています。まさにカントや西田幾太郎の考えと似ていますね。ということは、筆者がいつも言っている「空」の思想とも似ていることになります。私たちにとってカントやヘーゲルの考え、小林や西田のモノゴトの観かた、そして「空」思想は、今一つピンと来ないところがありますので、これを良い機会にこれらの思想についてもう少し深く考えてみたいと思います。

 まず、経験の内容は人それぞれ異なります。ほとんどの日本人は、味噌汁や沢庵を嗅いだり味わったりしても何の抵抗もありませんね。好ましいと感じる人が多いはずです。しかし外国人はどうでしょう。筆者の友人で、外国留学して毎朝味噌汁を作っていました。あるとき同じアパートの住人から、「まことに言いにくいがその匂いは・・・」と言われたそうです。同じ匂いを嗅いでも、「オッ」と思う人と、「ウッ」と思う人の差があるのです。ことほどさように、カントやヘーゲル、西田、小林の言う直接経験には個人差があるのです。たとえまだ判断の起こる前の一瞬の経験であっても、観えかた(聞こえかた・・・)は人によって違うのですね。個人差は、その人のそれまでの習慣や、持って生まれた感受性の違いによるのでしょう。とすれば、私が見ているモノとあなたが見ているモノは同じとは言えなくなります。つまり、「モノがあって私が見る」という、私たちが当たり前と思っているモノの見かた(唯物的な見かた)も絶対ではないのです。

 つぎに、ここにリンゴが二つあるとします。同じ母木になったのですから、産地はもちろん、色も香りも味も、品種、そして遺伝子まで同じです。しかし、唯物的な見かたでは二つとも「リンゴ」としか言いようがありませんね。明らかに別物なのですが・・・。ここにもこの「見かた」の欠陥があるのです。

 一方、それ以前の、カントの思想や「空」の思想では、観るという経験は、人間一人ひとり独特のものであり、その内容は別々です。また、同じ人の経験でも、二つのリンゴはそれぞれ別のモノとしてはっきりと区別して認識します。「私が見たもの(直接経験したもの)、あなたが見たモノそれぞれが真の実在だ」と、西田や小林も言うのです。それを思想として初めてまとめたのが、東洋ではインドの哲学者、西洋ではカントだったのです。後でお話しする仏教の唯識思想では、「一人一世界」と言います。やはり、モノゴトの認識は、一人ひとり別だと言うのです。

  私たちがふだん「私があってモノを見る」のは当然と考えて疑問にも思っていません。しかし、前にも言いましたように、じつは「モノがあって私が見る」という「見かた」をするようになったのは、せいぜいここ300年くらい、ヨーロッパで産業革命が起こってからのことなのです。産業革命は、モノ造りに関しますからモノが重視されたのです。この産業での新しいモノゴトの見かたが、哲学にも科学にも影響を与え、現在まで続いているのです。
 
 どうして「それらの観かたはまちがいだ」などと言えるでしょうか。逆に、私たちは、唯物思想に凝り固まってはいないでしょうか。それをガラリと切り替える必要はありませんか・・・。
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 じつは「空」のモノゴトの観かたにはもう一つ重要な意味があります。それについては後ほどお話します。

中国の仏教ブーム:禅とは何だろう(4)

 先日のNHKクローズアップ現代+で、中国で仏教大ブームと報じられていました。現代の中国が抱える厳しい現実が人びとを仏教へと向かわせるのです。そこで紹介されたケースは、

 1)かなり有名だった音楽プロデユーサーが、仕事も家族も投げ捨てて仏教の修行僧になったケース。それまでの経済至上主義政策の結果、激しい競争をを引き起こし、それに負けないようにと、かなり悪どい裏取引をしていたとか。彼の良心がそれに耐えきれなくなったため、出家の道を選んだと、涙ながらに懺悔の祈りをしている姿が印象的でした。

 2)仏教セミナーに参加する中小企業の経営者たちのケース。中国では企業の寿命は3年と言われ、それらの経営者たちは激しい競争に疲れ切って、仏教に救いを求めに来ると言っていました。あるコンサルタント会社経営の男性は「急速な成長を求め競争が激しくなり人びとは落ち着きがなくなりました。私も業績を上げることばかり考えていました。そうした考えを改めなければならないのです。毎日仕事の前にここ(寺)に来ます。ここへ来て不安が焦りが少なくなりました。今では仕事中にも般若心経を持ち歩き、イライラした時それを読むと心が鎮まる」と言っていました。

 3)また若者の間にも仏教がブームになり、ある大学を卒業したばかりの21歳の女性は、「働いても働いても豊かにならない両親を見ていて、将来に希望が持てなくなりましたから、この寺にやって来ました。私も楽になれる境地を探したいのです。なんとか今の状況から抜け出したいのです」と言って坐禅をしていました。

 4)社会は家族とのつながりを絶ち、出家する若者も後を絶たないとか。北京大学や精華大学などの将来を期待されたエリート学生たちが仏の教えにすがろうと出家している。得度後、それぞれの若者が次々に「コネがモノを言う不公平な社会、汚職も蔓延しています(摘発される公務員は年間5万人にも達すると言う)」「お金は一時的な楽しさしかもたらさないのです。権力に執着し投獄された人もいます。金に目がくらみ人格が変わった人がどれだけいるでしょう」。「勉強も頑張り親の期待にも応えました。それでも楽しくないのはなぜでしょう。どこへ向かえばいいのか分かりません。お父さん、お母さん私は旅立ちます」などと告白していました。

 とくに最後の告白は胸を打ちますね。これらのケースを見ていると、なぜ人間が宗教に向かうか、何を求めているのかがよくわかりますね。今や、仏教人口は3億人にも達すると言います。

 この世情に対し、習主席は「仏教は中国の特徴ある文化であり、宗教心や考え方、文化や宗教心に大きな影響を与えました」と演説し、文化大革命で破壊された仏教寺院の復興に予算援助するなど、仏教を奨励しています。これには驚きました。なにしろ文化大革命の時にはすべての宗教を否定し、寺や仏像を破壊したからです。この動きに対し、ある中国の宗教学者は「中国では今さまざまな問題があり、人びとの心は動揺しています。指導者は人々の心を安定させるために、仏教を文化として人々の生活に復活させるべきだと考えている」と言っていました。つまり、中国は政策の都合で、人間の心の問題であるはずの宗教の事情が、がらりと変わってしまうのです。

 ことほどさような中国の仏教ブームで、「さもありなん」と思います。ただ、報道で見る限り、変化のスピードが早すぎるように思われました。筆者の主観では、もう少しよく見極めてから信仰の道に入る方が良いような気がします。白い上下を着て修行している人たちの姿を見て、あのオーム真理教を思い出さずにはいられず、少し異様な感じがしました。けばけばしい仏像や仏像まがいの造形も気になりました。番組へのTwitterでも紹介されていましたが、ブームの背後にはやはり便乗商法の匂いもしました。

 筆者は、中国の仏教はすでに衰退してしまったと思っています。もともと道教の伝統があり、中国人の現世利益志向と相まって変質してしまったからです。仏教本来のあり方を取り戻すのは容易なことではないでしょう。それゆえ、怪しげな「仏教」が、悩む人たちに対応している現実は、しかたがないのかも知れません。いや、しかたがないではすまされないと思います。なにしろ人間にとって最も重要な心の問題ですから。
 
 中国にはすばらしい仏教の伝統がありますから、もっと落ち着いて仏教の指導者がそれらを学び直してから門戸を開いた方が、よほど稔りがあるように思えました。いずれにしましても、中国で仏教に関心を持つ人が増えるのは当然でしょうし、大切なことだと思います。

霊は存在するー東日本大震災のケース

 「神が存在することを証明してくれたら宗教を信じる」と言う人は多いようです。しかし、そもそも神は証明できるような存在ではありません。また「神とは」のいかなる定義も超越しています。筆者は生命科学の研究者として生きてきましたが、あるとき「生命は神が造られた!」と直観しました。貴重な体験でした。しかし、「神の存在を証明してほしい」という人たちの気持ちもよくわかります。そこで今回は霊的世界が実在することの具体例をお話します。以前、筆者自身の霊的体験についてはお話しました。筆者が属していた神道系の教団では、霊が存在するかどうかなど問題にならないほど、ごく日常的なことでした。筆者自身もイヤというほど体験しています。今回は東日本大震災での多くの人が体験した霊について、その一部をお話します。

 東北大震災で2013年8月に放映されたNHKスペシャル「亡き人との再会・被災地三度目の夏に」で、4つの例が生々しい証言をもって放送され、多くの反響を呼びました。

 例その1)震災で3歳の長男を亡くした遠藤さんは、その後も息子がそのまま生きてそばにいる気配を感じていたそうです。ある日、食事の支度が整ったので「○○ちゃんもこっちで食べなよ」と言ったところ、部屋に残してあった子供用自動車のアンパンマンの警笛が突然、ぴかぴか光って「ブ-ブ-」と鳴ったそうです。

 例その2)車で被災地を通った人が、薄闇の中で、元スーパーがあった場所にたくさんの人が並んでいるのを見た。

 例その3)車で走っていると、薄暗がりから人が出てきたので止まると、「僕は死んだんでしょうか」と聞かれた。

 例その4)(毎日新聞の報道)千葉仁志さん(37歳)は、お姉さんを津波で亡くしました。ところが10日ほどしてから、親戚の男性から「大丈夫だったんでしょ」と言われたそうです。驚いて確かめると、震災の翌日その男性がいた避難所に姉が同僚3人と手をつないでやって来て「稲渕(千葉さんの実家)は大丈夫?」と聞いた。一家の無事を伝えると「良かった」と言って去ったそうです。

 例その5)タクシーの運転手さんが、たしかに客を乗せ、帳簿に記録までしたのに、出発しようと後ろを振り返ると誰もいなかった(こういうケースを集めて卒業論文にまとめた学生がいます)。

 いずれのケースも昼間や夜早い時間の出来事で、夢ではないことはいうまでもありません。こんな話はいくらでも報告されています。東日本大震災は、霊的体験の問題をNHKや有力新聞で、なんどもニュースとして取り上げられた点でも画期的なことでした。

 霊的世界は、神界とは比較にならないほど低位にあります。ただ、隔絶したものではなく、連続しています。また、神と言っても最高神より低位の神もあることも事実です。筆者は龍神とコンタクトしたことがあります。憑依されたと言ってもいいかもしれません。それこそ「ギリギリ」と締め付けられる強烈な体験でした。筆者自身が龍神と分かったわけではなく、あまりの苦しさに駆け付けた教祖の言葉でした。

澤木興道師(1-3)禅語「谿声山色」「諸行無常」「悉有仏性」

澤木興道師(1)禅語 谿声山色

 筆者のブログを読んでいただいている人の中には、かなり踏み込んで禅を学んでいる方もいらっしゃるようです、そこで、今回はもう少し立ち入った話をさせていただきます。

 澤木 興道師(1880 – 1965)は、昭和を代表する曹洞宗の名僧と言われています。自分の寺を持たず、清貧を旨とし、ひたすら仏教の教えを説いて回り、「本来の仏の心に戻れ」と説き続けた人です。もと駒澤大学教授。内山興正師、西嶋和夫師、村上光照師など、多くの人に影響を与えました。西嶋師や村上師などは、澤木師の影響で人生の方向を変え、出家したほどです。
 しかし、筆者には師が釈尊や道元の思想を正しく理解していたとは思えません。その理由を、澤木師が、
 ・・・世界の人がたった一つの信仰をするというのなら、これにしてもらいたい。そうしたら世界中の人が、一切文句がなくなると確信している(註1)・・・
と絶賛する道元の「正法眼蔵・谿声山色巻」を題材にして、述べてみたいと思います。

(註1 筆者は、そもそも、道元の思想は「正法眼蔵」のうち「現成公案編」に集約されていると思います。前著「禅を正しく、わかりやすく」(パレード社)でも述べましたように、「谿声山色」を含む他の巻は「現成公案編」の解説にすぎません。澤木師は「現成公案編」の重要さがわからないまま、下記のような解釈をしているのだと思います。)

それはさておき、澤木師は著書「正法眼蔵講話‐谿声山色」(大法輪閣)で、道元の「正法眼蔵・谿声山色巻」の一節、
「恁麼時の而今(いんもじのにこん)は、我も不知なり、誰も不職なり汝も不期(ふご)なり、仏眼(ぶつげん)も覰不見(しょふけん)なり。人慮(にんりょ)あに測度(しきたく)せんや」を、

・・・眼が開けさえすれば、別に何もことさらに知ることは要らない。それは別に勉強して、書物で調べるということでもなければ、聞いて知ったんでもない。つまり現なまの全体をいずれにも曲げられないで見ることである・・・

と解釈しています。また、「山色の清浄身にあらざらん、いかでか恁麼ならん」を、
・・・山色が清浄身であり、渓声が広長舌であるから、桃の花を見てかくのごとく道を明らめ得られるのである(註2)。「恁麼」というのはかような道理と言うことであって・・・
と解説しています。しかし、これらはおよそ的外れの解釈です。明らかに澤木師は「恁麼(註3)」や、「而今」の意味をわかっていないのです。これらは禅を理解する上でのキーワードです。「而今」の意味は別のブログですでにお話しました。「恁麼時の而今」の正しい意味は、
 
 ・・・「空」すなわち、「一瞬の体験」にあっては、「〇〇である」と判断することなどできず、「恁麼すなわち、なにかあるもの(を体験した)」としか言いようがない・・・

という意味です。道元のこの巻の冒頭に突然「恁麼時の而今」が出て来るのは、「空とは体験である」という思想が「正法眼蔵」の主旨だからです。「恁麼」や「而今」の意味がわからないことは、道元の思想そのものがわかっていないということなのです。
 
「山色の清浄身にあらざらん、いかでか恁麼ならん」の正しい解釈は、

 ・・・谿声山色(谿川の音や山のありさま)が仏の清浄な姿でなければ、どうして空、すなわち体験を『なにかあるもの』と言えようか・・・

です。
 
 澤木師はまた、「しるべし、山色谿声にあらざれば、拈華も開演せず」を、

・・・山色谿声の道理は全宇宙イッパイということで・・・(中略)・・・宇宙イッパイが仏である・・・(中略)・・・しかし、その門口のところに、もしゃもしゃしている我痴、我見、我慢、我愛のこの煙幕を取れば谿声山色そのまま法性真如であり正法がそのまま実相である・・・

と解釈しています。澤木師も「谿声山色」を「谿川の声、山のたたずまいが、そのまま仏法の表われだ」と解釈してます。ちなみに「宇宙イッパイ」とか「宇宙とヒタ一枚」が澤木師の常套句です。弟子たちもよく使う言葉です。紙数の制限からくわしい検討は省きますが、要するに澤木師の思想のエッセンスは、
 
・・・我欲を捨てなさい。地位や財産、美醜などのこの世の価値は仏道とは何の関係もない。それらから離れれば仏、すなわち全宇宙と一体(宇宙イッパイ)になれる。谿声山色はそのまま仏の姿である・・・

でしょう。つまり、道元の「谿声山色巻」は一見、澤木師にとって、その思想を述べるのに好都合だったのでしょう。しかし、それでは仏教の通俗的解釈になってしまいます。道元がそんな通俗的な解釈をするはずがありません。そもそも谿声山色の解釈がまちがっているのです。その理由は次回お話しますが、端的に言いますと、ここでも道元は「空」の理論を説いているのです。
「拈華微笑(註4)」の意味は、どの本を読んでみても「以心伝心」と書いてありますが、じつは「空」を表わしているのです。なぜ道元の「谿声山色巻」で「恁麼」とか、「而今」とか、「拈華微笑」など、「空」を表わす言葉がつぎつぎに出て来るのか、そこを読み取らなくてはいけないのです。

註2 霊雲志勤禅師が桃の花を見て悟った有名なエピソード。「谿声山色巻」でも道元が紹介しています。
註3「恁麼」とは、「なにかあるもの」の意。宋の俗語と言われています。
註4 拈華微笑(拈笑華微 ねんしょうかび、とも)。文献にはなく、後に誰かが禅宗を箔付けするために創作したエピソードとも言われています。筆者も同感です。じつはよく禅の本質を突いているのです。

澤木興道師(2)禅語:「諸行無常」

 このシリーズでは、さまざまな禅語について、澤木師の解釈と比較しながらお話しています。他人の説を批評するのは本意ではありませんが、比較しないと筆者の考えもよく伝わらないと、あえて澤木師を対照として取り上げさせていただきました(以下「禅を語る」《大法輪閣》から。なお、この本は澤木師の講演を筆録したものですから、文章としての不完全さには甘んじなければなりません。澤木師は寺を持たず、清貧の生涯を送った人です。それゆえ多くの人々の共感を呼び、全国各地に招かれて講演しました)。澤木師の思想のエッセンスは「我執を捨てれば仏と一体(宇宙いっぱい)になる。坐禅をすれば仏になる」でしょう。

 澤木師は、仏教用語我痴の意味を説明するのに「正法眼蔵・現成公案巻」の一節、

「仏道をならふといふは,自己をならふなり。 自己をならふといふは,自己をわするるなり。自己をわするるといふは,万法に証せらるるなり。万法に証せらるるといふは,自己の身心および他己の身心をして脱落せしむるなり・・・」を引用して、

 ・・・「おまえは何だ」と言われて、何だかわからん・・・偉そうな顔をしてまわりに言うて聞かせているけれども・・・。下役に怒っている重役さんでも、自分がわからん.分からんと言うのは、自己の仏性が分からん。仏さんとちっとも違わんということが、はっきり分からん・・・

と説明しています。明らかに澤木師はこの一節を「どんな人にも仏性があることを自分自身は分からない(我痴)」と解釈していますが誤りです。じつは、ここでも道元は「空」理論の説明をしているのです。すなわち「自己の身心および他己の身心をして脱落せしむるなり」とは、「純粋経験にあっては見る自己も見られているモノ(他己)も無くなる」という意味です。

 また、「色にあらず、また空にあらず、楽しみもなく、また愁いもなし」の詩を、

・・・色といえば有形なる物質ですよ。空といえば何もないことですよ。楽しみがあって、楽しみがなくなるのが愁いですよ。だから、楽しみがあれば、それがなくなるのが愁えだから、それもやがて・・・(中略)・・・愁えのくる元が楽しみですよ・・・

と言っています。「空といえばなにもないことですよ」とは!なんども繰り返しますが、「ある」とか「ない」の問題ではないのです。拙著でも述べたように、「空」は、日本語ではどうしても「からっぽ」とか、「空虚」のように受け取ってしまうため、「なにもない」と解釈してしまうのでしょう。「空」と「無」をどう区別するかを、わが国の僧侶達は古くから頭を悩ませてきたのです。いや、悩ませてきたのならまだいいのです。悩みもせずに言葉そのままに弟子たちに伝えてきたのでしょう。それにしても澤木師は「空」の意味がまったくわかっていない、としか言いようがありません。「空」の意味がわかっていなければ、禅がわかっていないということです。 

 澤木師はさらに、

・・・(「証道歌(註5)」には)「諸行は無常にして一切空なり、すなわち是如来の大円覚」とあって、無常ということは味気ないことで、この味気ない瞬間に永遠の道を解決するのである・・・

と言っています。
澤木師が「無常」を「無常観」、すなわち虚無的なものと解釈していることは、「私は日露戦争に従軍して・・・わずか一昼夜の戦闘で・・・わずか一里もない狭いところで六千の死傷者を出したのを見て無常を感じた」と述べていることから明らかですね。「諸行は無常にして一切空なり」も、およそ澤木師の言うような意味とは違います。江戸時代以降、現代に至るまでのほとんどの僧の解釈そのままです。つまり「諸行」とは「すべてのモノゴト」、「無常」とは言葉どおり「常ならぬ、つまり一瞬」の意味、つまり、「諸行は無常にして一切空なり」の真意は「すべてのモノゴトは一瞬の体験である」です。

(註5 永嘉真覚(665-713唐時代の僧)の著。六祖慧能の法を一晩で嗣いだと伝えられています。證道歌は独特の韻を踏んだ247句1814文字より成る偈頌。澤木師自身による訳書があります。)

 澤木師はさらに道元の、「まさに正法にあはん(会わん)とき、世法を捨てて、仏法を受持せん。つひに大地有情とともに成道するをえん」を、

・・・正法が現成したならば、世法の利害得失、生まれる、死ぬる損得、禍福、吉凶、これらはみな世法である。この世法を捨てて仏法を受持するときは己を捨てて法ばかりになるんじゃから、己というものが忽然としてなくなれば、宇宙一ぱい、だから大地有情とともに成道することをえん。こういう請願を起こすのである・・・

と解釈しています。この解釈は誤りです。道元の真意が「世法の利害得失、生まれる、死ぬる損得、禍福、吉凶」などの卑俗なことにあるはずがありません。「正法眼蔵」は道元の格調高い哲学、すなわち、「革新的なモノゴトの観かた」を伝えているのです。澤木師はけっきょく、自説「この世の価値に執着する自我を離れよ」と結び付けたいのでしょう。道元の思想は、そんな下世話な考えとは次元が違うのです。
この一節の真意は、

 ・・・正しいモノゴトの観かたに出会ったとき、それまでの考え方(世法)を捨てて、仏法(正しいモノゴトの観かた)に従おう。そうすれば自分だけでなく、そういう観かたで把握された自然(モノゴト)のすべてが正しく、あるべきように姿を表す(現成する)のだ・・・

です。ちなみに「大地有情とともに成道する」は、禅でよく言う表現です。「モノゴトの体験によって初めて、観られるモノ(他つまり大地有情)が現われ、観られたモノが現われたことで、観た者の存在が証明される」という意味です。そして、「体験そのものだけがあり、そこには自も他もない」のです。「体験の主観的部分が私、客観的部分がモノ」なのです。「モノが現れる」と言いながら「モノはない」と言っていますが、これらの文章は矛盾していないのです。それらが「自他一如だ」、これが禅の要諦です。

澤木興道師(3) 禅語「三界唯一心、心外無別法」「悉有仏性」

澤木師はまた、

・・・仏教には「三界唯一心、心外無別法」ということばがある。三界唯一心、つまりすべてのものはみんな心で、現実にあるのか、ないのかわからない。あるのか、ないのかいうのはわかりゃせぬ。われわれの心でみな作っているのだ。自分にとっていい世界、悪い世界というのを、めいめいが自分で作っている・・・

と言っています。「三界唯一心、心外無別法」というのはやはり道元の思想の根幹に触れる言葉です。しかし澤木師の言うような意味とは異なります。澤木師はすぐに「いい」とか「悪い」の問題にしてしまいます。禅思想では、「三界唯一心、心外無別法」を「唯仏是真」とも言い、「正法眼蔵」や、「永平広録」などの道元の著作や、各種の「公案集」の随所に出てきます。「心の働きであるモノゴトの体験こそ、真の実在である」という意味なのです。「心」を澤木師のように解釈してしまうのが麻薬宗教の「麻薬」たるゆえんでしょう。澤木師が、麻薬宗教から一歩も出ていないことは、これらの証拠から明らかです。

澤木師はさらに、

・・・涅槃経の中には「悉有仏性(しつうぶっしょう)」という。だれでも仏さんとちょっとも違わず。法華経というものの中には「諸法実相」と。実相ということは般若ということで、般若の知恵ということで、一切のものがなんの差別もない、みんな平等なんじゃ。学問があろうがなかろうか、金があろうかなかろうか、器量が好かろうか悪かろうが、皆ことごとく諸法実相じゃ・・・(中略)・・・この実相でないものは、世界に何にもない。これがすなわち仏法というものですよ。誰でもみんな仏さんとちっとも違わない。自分のすることが皆これ仏様の行である。この仏様の行はだれでも出来る。それは、合掌すれば仏様と一枚になる・・・

少し引用が長くなりましたが、これが澤木師がいろいろな場所で、繰り返し説いた思想の骨子であると思われ、紹介しました。「悉有仏性」を澤木師が文字そのままに「すべての人には仏性がある。本来は仏である」と理解しているのは明らかですね。「悉有仏性」はそういう意味ではないのです。「悉有仏性」をそんなふうに解釈しているのは、親鸞など、浄土系の人々であり、同時代人である道元は、その解釈を「永平広録」で厳しく批判しているのです。すなわち道元は、はっきりと「悉有は仏性である」と言っているのです。「すべてのものが仏性(仏の法則)に従う」、つまり、「宇宙に存在するすべてのモノ(悉有、禅ではよく山河大地と表現します)や現象を、人がモノゴトとして体験することが真の実在だ」という意味なのです。「諸法実相」についても、澤木師はまちがって解釈しています。正しい意味は、「(釈尊が見つけた)正しい観かたで観たこの世のすべてのモノゴトこそ、真実だ」という意味です。

 筆者が尊敬する橋田邦彦先生(元東京大学医学部教授・文部大臣)は、澤木師とほとんど同時代の人です。もちろん、澤木師のことは知っておられたでしょう。しかし、橋田先生はそういう専門家たちの著書を一切無視して、独自に「正法眼蔵」の解読を試みました。私たちもその理由を考えなければなりません。へたに弟子になれば、師の影響を受けないはずがありませんから。あの良寛さんも曹洞宗出身ですが、そこを飛び出した人なのです。澤木師の弟子村上光照さんは、論理を一切離れ、修行専心の生活を送っておられます。

禅語(3)而今(にこん)

禅語(3)而今(にこん、今ここに)

 作家の中野孝次さん(1925-2004)の座右の銘が「而今」でした。 禅を学ぶ者にはなじみの言葉ですね。これまでほとんどの禅師や仏教研究家がその意味を、
 ・・・過去はもう過ぎたのでこだわるな。未来はまだ来ないので心配するな。今を大切に、今だけのことを考えなさい・・・
と解釈しています。しかしこの言葉の真意はまったく別なのです。
 
 このホームページで「空とは見る(聞く、嗅ぐ、味わう、触る)という一瞬の体験だ」とくりかえしお話しています。今回のブログはそれに関連するものです。それを念頭にして「而今」の意味を考えてください。この言葉の本来の意味は、「体験(現象)が起こるのは、今ここでの一瞬であり、ものごとはその時だけ現われる」です。生きている間に次から次へと一瞬の体験(現象)が続くのです。当然ですね。まさにそうとしか言いようがありません。道元も「正法眼蔵・現成公案編」で、

 ・・・たきぎ(薪)はひ(灰)となる。さらにかへりて(返りて)薪となるべきにあらず。しかあるを、灰はのち、薪はさき(先)と見取すべらかず。知るべし、薪は薪の法位に住して、さきありのちあり、前後際断せり。灰は灰の法位に住して、後あり先あり。かの薪、灰となりぬるのち、さらに薪にならざるがごとく、人の死ぬるのち、さらに生とならず、しかあるを、生の死になるといはざるは、仏法のさだまれるならひなり。このゆえに不生という。死の生にならざる、法輪のさだまれる仏転なり。これゆえに不滅という。生も一時のくらゐ(位)なり、死も一時の位なり、例えば冬と春との如し。冬の春となるをおもはず、春の夏となるといはぬなり・・・

(筆者訳:薪が燃えて灰になるとか,薪は先、灰はのち、生きているものが死ぬ、と考えるのは普通の見方である。しかし正しい観方によれば、薪とか灰とか云う物があるのではなく、「私達がそれらを観る」という体験そのものがあるだけで、それが真の実在なのだ。だから、薪を観る体験も、灰を観る体験も、その一瞬、「今」だけだ。その時が過ぎればそれらの体験が直ちに消えるのは当然だ。だから生とは、一瞬一瞬の「今ここ」の生(なま)の体験の連続であり、死も同様の体験なのだ。つまり、死と生とは別の体験なのだ。春は春の体験、夏は夏の体験と同じことだ)

と言っています。なかなか難しい言葉ですが、要するに、
 ・・・見る(聞く・・・)という、今、ここの一瞬の体験にこそモノゴトの真実が現れるのです。過去は消えた、未来もない。あるのは今この一瞬だけなのです。「生き方」の問題などではなく、事実そのものを言っているのです。事実の正しい認識があってこそ、生き方の指針も道徳も成り立つのです・・・

これこそ而今(いま、ここ)の正しい意味なのです。

 これまで、ほとんどの禅師や仏教研究家が上記のような解釈をしていました。それがどれほど多くの人が禅を学ぶ上での障害になってきたかわからないのです。「禅はわかったか、分からないかの世界」とはこういうことなのです。